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 想い人にラブレターを渡したら、そのまま美味しく頂かれた人間がかつて居ただろうか? 美味しく云々は喩えでなくガチである。もぐもぐとわたしの愛を咀嚼しながら想い人が笑う。

「ありがとう、とても美味しかったです」

 ごくり、彼の喉仏が動き、遂にわたしの想いは完全に胃へと飲み込まれたのだと悟った。強い。強すぎる、支倉未起隆。その圧倒的絵力の前で、わたしは固まったまま呆然とその様子を眺めていた。

「……喉に、詰まらない?」

 暫く無言の時間が続き、そうしてやっと出てきた言葉はそれだった。かなり間抜けだ。わたしの言葉に未起隆くんはこてりと首を傾けて「ええ、問題ありません」となんてことなさそうに言う。
 未起隆くんは宇宙人だ。正しくは自称宇宙人。普段は隠しているらしいけど、わたしにはこっそりと教えてくれた。最初は冗談かと思った。当たり前だ。しかし彼が宇宙人じゃなければ説明出来ないような不思議なことがわんさか起きるので、信じることにした。とにかく未起隆くんは宇宙からやって来たのだという。だから彼には知らないことが結構多い。並んで歩いていても、あれは何ですか、これはどういうものですか、と尋ねてくる。
 わたしはぼんやりしながら、何か言わなくては、と思って口を開いた。

「……美味しかった?」
「やや乾燥していましたが、美味しかったですよ」
「そっか……」

 いや、味の感想を聞いてどうする。頷いたわたしの表情が微妙であることに気づいたのだろうか、未起隆くんは「どうかしましたか、なまえさん」と目を瞬かせた。しかしわたしはこの感情をどう消化すれば良いのか分からずに、神妙な顔のまま口ごもってしまう。

「……えっと、うん」
「はい」
「……さっきの、一応ね、ラブレター的な、感じのものだったのです、が」
「らぶれたー」

 耳慣れない言葉を復唱する幼児のように、未起隆くんは繰り返してみせた。悔しいけれど、可愛い。

「らぶれたーとは、一体何ですか?」

 未起隆くんは今度こそしっかりと質問として、その言葉を口にした。まさか、ラブレターの意味を聞かれるとは。
 どう説明したものか、と考える。しかしそこでわたしの中に、未起隆くんは、愛だの恋だの、好きだの嫌いだのなんてことは、分かるのかしら。という疑問が浮上してしまった。好きな人に想いを伝えるまでに、こんなにも高いハードルが存在するとは。世界、というよりも宇宙は広い。
 わたしは広大な宇宙の中から小さい文字を拾い上げていくような心地で、言葉を探した。

「好きですって伝えるお手紙のこと……手紙は分かる?」
「ええ、知っています。授業中に人から人へ、渡っていくのを見たことがあります」

 手紙は分かるのか。うむむ、と頷くと、未起隆くんは少し声の中に申し訳なさそうな色を滲ませて「あれは手紙だったのですね、すみません」とわたしの瞳を覗き込んだ。きらきらと光を反射している。綺麗な星みたいな瞳だ。

「以前見たものはもっと薄い紙のようだったものですから」

 わたしは一人項垂れた。なにせあれはラブレターだ。わたしはこれ以上は無いくらい、気合を入れたのだ、便箋から封筒まで。なんと、それが仇になってしまった。ノートの切れ端にでも書いて渡していれば、今頃思いが伝わっていたのかもと考えるとやるせなかった。一人悶々としていると、未起隆くんはこてりと首を傾けて、わたしの顔を覗き込んだ。

「誰宛てだったのですか?」

 未起隆くんはきっと、本当に心から疑問に思ってそう言ったのだろう。悪気なんて一切ないはずだ。わたしにはそれが分かっていたから、少しだけ笑ってしまった。この状況が可笑しいからか、一人でもやついているのが阿保らしかったからか、自分に宛てられたものだなんて考えもしない未起隆くんが彼らしかったからか。

「未起隆くん」

 だから、するりと本当が国から零れてしまったのかもしれない。

「わたしですか?」
「うん」
「わたしが好きということですか?」
「う、」

 あどけない言葉にぴたり、と固まったわたしの前で、未起隆くんはいつものように読めない表情のままだ。

「好き、って、どういう意味か分かってる……?」
「ええ、もちろん」
「そ、そっか」

 ばくばく、と激しく鳴り始めた心臓が苦しくて、ぎゅう、と服の上から抑えてみる。けれど全然鳴りやまなくて、わたしはふう、とこっそり息をついた。
 わたしも好きです。そんな言葉が続けられたら。

「わたしはハツカネズミや、アイスクリームも好きです」
「うん?」

 ばくばく、と鳴っていた心臓が、段々と不思議な音になっていく。ぐるぐるというかぐちゃぐちゃというか。ああ、やっぱり。どこかで冷静なわたしが言った。そうよね、未起隆くんの「好き」はそういう、「好き」ですよね。
 項垂れたわたしへ「どうしましたか」とまるで気が付かない彼が言う。わたしは涙ぐみながら首を横へ振った。彼にもすぐ簡単に伝わるような、次の作戦を練らなくては。図書館で「宇宙人との交流」を読んだ方がいいかしら。ああ、「宇宙人と想いを通わせるには」とかいう本があったらいいのに。

「もちろん、なまえさんのことも好きですよ」

 また突然落とされた隕石のような言葉に、ごほ、とわたしは思い切りむせた。気づいているのかいないのか、未起隆くんは、ほんの少し頬を緩めて笑う。それはどういう「好き」なのかな。そう言いたかったけど、わたしはまた酷く痛み始めた心臓をなだめることに必死になってしまったので聞けなかった。