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 興味があった。だから質問した。たったそれだけのことだ。

「きみ、ぼくのこと好きだろ」

 珈琲片手にそう言ってみれば、なまえは不思議そうな顔で「うん」と頷いてみせた。これっぽっちも迷うことすらなく。全く揶揄いがいのないつまらないリアクションに少し苛立ちながら、彼女の表情を観察した。伏せられた睫毛の奥で、濃いブラウンの瞳が陽の光を吸い込んでいる。羞恥も戸惑いも、訝しんだそれもない。彼女は酷く慎重に、目の前の珈琲にミルクをこれでもかというくらいに注ぎ入れ、スプーンでくるくると回していた。折角淹れてやったのに、それはもう珈琲じゃあないだろ。

「じゃあどこが好きなんだ?」

 そう続けて言ってから、今の言葉では質問が間抜けに聞こえただろうかと自分でも思った。しかし、今更吐き出した言葉を飲み込むわけにもいかない。なまえはその言葉にも大して表情を崩さず、恐らく薄く珈琲の香りがするだけのミルクに成り下がったであろうそれを、ゆっくりと飲み込んだ。

「うーん、……絵が上手いところかな」
「…………」

 それは紛れもなく事実だが、きみにそうやって上から評価される筋合いは無い。そう詰ってやりたかったが、その次に落とされる言葉が気になって自然と言えなくなった。
 なまえはカップに今度は砂糖を二つ落とした。「正気か?」と眉をひそめたぼくなんて一切気にすることなく、スプーンを回し続けている。底の方で固まっている砂糖を思い浮かべると正直ぞっとした。

「………………美味しい」
「………………は?」
「え?」

 ぬるく甘ったるいそれを、味わうように飲んで、なまえが笑った。笑顔というにはやや味気ないものだったが、それが彼女にとっての笑顔であることをぼくは長い付き合いの中で知っている。途切れた会話に鋭い声を出したぼくに、この数分の会話など全て忘れ去ったかのように彼女は首を傾け、自分勝手に穏やかな時間に溶け込もうとしていた。

「まさか……まさかとは思うが、それだけなんて言わないよな?」
「え、何が?」
「…………」

 口を噤んだぼくを暫く見つめていたなまえが、思い出したように「ああ、好きなところね」と声を零すように言った。一瞬宙へ向けられた瞳が、こちらへと帰ってくる。何を考えているのか、彼女はまた数拍黙り込んで、そうして頷いた。

「うん、それくらいかも」
「…………は?」
「え?」

 苛立ちよりも、衝撃が勝った。間抜けにも固まったぼくを他所に、女はのんびりと卓上のクッキーに手を伸ばしている。女が自ら手土産に買ってきたものだった。

「……いや、待て、そんな訳無いだろ」
「なんで?」
「ハァァァァァ?」
「逆にどこ?」

 ぼくの「良いところ」なんて数えきれないほどあるだろう。顔を引きつらせながらそう言っても、女は未だに首を傾けている。頭が痛い。苛立ちが脳髄をかき混ぜているようだった。今すぐこの家からたたき出してやろうと立ち上がりかけたぼくに、女が「あ、あるかも」と漏らし、こちらを見上げる。仕方がないので浮きかけた腰を下ろした。

「我が儘なところ」
「…………」
「天邪鬼なところ」
「…………」
「あと、こだわりが強すぎるところ」
「…………」

 よし、この家からさっさとつまみ出そう。只々そう思った。一周まわって苛立ちは霧散し、疲労感に代わっていく。

「……好きなところ、と言ったよな? そもそも特徴がぼくと一致していないだろうが」

 今度は女がぽかんと口を開けた。珍しい表情を観察する余裕は、疲労感に塗れたぼくには無い。女は何か言おうと少しだけ考え込むように視線を落としたが、しかしすぐに、何がおかしいのか笑っている。

「きみ、本当にぼくのこと好きか?」
「うん、好き」

 それには直ぐに答えるのか。黙々とクッキーを頬張る女の、読めない思考を考えるのは疲れた。いっそのこと読んでみればいい。そう思っても、女がそう易々とぼくに読まれないのもまた分かっていた。
 クッキーをカップに入った液体で流し込んだ女が、そっと口を開く。口の端に食べかすが付いていて間抜けだった。

「嫌いだけど、好きなんだよね」
「はァ!?」

 予想外の言葉に声をあげたぼくに、また女が緩く笑う。嫌い、そう易々と言ってのけた女の思考回路が全く解らない。

「嫌いだなあ、面倒臭いなあ、って思うところも好きなんだと思う。だから、うん、全部好きなのかもしれない」

 思考の読めない瞳が、こちらを見つめていた。その奥に灯る穏やかなそれが、ぼくから言葉を奪う。ぼくはらしくもなく暫くの間固まっていた。女が唇の端を控えめに舐め、「珈琲おかわり」とカップを持ち上げた。きみに珈琲飲む資格なんて無いだろ。そう言おうとしたぼくの口からは、間抜けな「分かった」しか出てこなかった。最悪だ。