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 体の芯から凍ってしまいそうな日だ。雪がちらつき、口から溢れる息は時折白む。気配を消してビルの影に潜みながら、ターゲットを盗み見た。ターゲットの男は数人の女を侍らせながら、大通りに進んでいく所だった。手元の写真と見比べて、最後の確認をする。間違いなさそうだ。

「別に全員やっちゃえば良くね?」

 苛立ちを隠そうともせず、ベルがそう愚痴る。まだあどけなさの残る声は、非常にこの場所には不釣り合いで、少し苛立つ。子供は好きではなかった。どうしてわたしに任せたのか、そんな言葉が、溢れそうになる。
 このちんまりとした子供は、今日の仕事のペアだ。先日入隊したばかりの、頭のイカれた新人。いよいよ寒い場所に嫌気がさしたのかマフラーにくるまりながら文句を言い続けている。

「ダメよ。あの男だけ、殺るのは」

 視線は向けず、固い声でベルにそう伝える。そういえば「ちゃんと手網を握っておけよ」と、出発前にスクアーロに言われたことを思い出した。前回任務にこの子供を連れていったらしいスクアーロの疲労の色は大分濃いもので、苦々しい顔を思いだす。なるほど、こういうことね。と内心呟いてみても、心は晴れない。

「もう飽きたんだけどー」

 空気を裂くような音が聞こえる。ナイフを軽く弄んでいるのだろうベルの視線が尖ったものに変わるのを感じつつ、ターゲットからは目を逸らさない。男は大通りの手前、ネオンが光る安っぽい店に入っていくところだった。夕食はそれなりの店だったから、羽振りはいいと思っていたのだけど。
 もう少し店に近づこうと腰を上げた時、ひゅん、と風を切る気配を感じ手を振りあげた。カツン、と言う音と共にナイフが地面に転がり落ちる。

「うげ。……手で叩き落とすとかマジ? 王子ドン引きなんだけど」
「殺気くらい隠しなよクソガキ」

 ちぇ、そう不満気な声と共にベルがナイフを拾う。男が完全に建物に入ったのを見届け、そこでやっとベルに目を向けると、にやにやと口元を歪ませながらこちらを見上げていた。長い前髪に隠れて、瞳は見えない。

「スクアーロの時はボコボコにされた」
「……はぁ…………」

 スクアーロにもやったのか。思わずため息が零れる。こんなの、絵に描いたような問題児じゃないか。
 そういえば、前回の任務から帰ってきたかと思えば、この子供だけ嫌にぼろぼろだった。確かに変だと思ったのだ。スクアーロが付いていてあそこまで酷い怪我で帰ってくるなんて。てっきり任務中に負傷したのかと思っていたが、まさかスクアーロにやられたとは。

「……あと少しだから、我慢して」

 今回の任務も邪魔されたら面倒だな。この子供なら、ターゲット以外の人間も切り刻みかねない。
 暫く考えて、ポケットに入っていたそれを取り出してベルの前に差し出すと、はじめ彼は手のひらの上をぽかんと眺めていた。こてりと傾げられた首は、年相応にも見える。

「……ナニコレ」
「飴」
「馬鹿にしてんの?」
「嫌い?」

 口許を引き攣らせて怒りを隠そうともしないのは、なんともガキらしい。ナイフを放り投げながらニヤついているよりも、余程良い。
 怒りをそのままに飛びかかってくるかな、まあそしたら、気絶させてその辺に転がしておけばいいか。そんなことを考えていたけれど、ベルは案外、素直に掌の上の飴を受け取った。

「……へえ」
「何だよ」
「いや、別に?」

 なんだ、案外可愛いところもあるじゃない。笑っているのがバレないように、わたしはもう一度前を見すえた。もうすぐ仕事が終わる。そしたら、ご褒美に何か温かいものでも買ってあげるかな。


△△△


 昔のことを、思い出していた。任務中なのに、そう思ってよぎった記憶を他所へ追いやろうと吐き出した白い息が、空へと浮かんでは消えていく。ビルの屋上から下を見下ろして、男が目的の店から出てくるのを待った。

「もー店ん中入って殺っちゃおうぜ」

 飽きたし、とベルが独りごちる。ナイフを弄んでいるのか、空気を軽く切るような音が聞こえた。
 それを無視してじっと下を見続けていると、ずし、と重みを感じて辟易してしまう。

「……ねえ、邪魔」
「さっみー」

 こちらに凭れかかりながら、ベルは寒い寒いと繰り返している。ぐりぐりと押し付けてくる頭が鬱陶しい。

「ほら、これあげるから大人しくしてて」
「はあ? ……ガキ扱いすんなよ」

 仕方ない。先程よぎった記憶を思い出し、目の前にピンク色の包みを差し出したけれど、ベルはもう見向きもしなかった。可愛くない。

「ならコーヒーでも買ってきてよ」
「王子パシるとか何様?」
「調子乗んなクソガキ」

 飄々とした調子に苛立って振り返ると、にんまりと笑う口許が見えた。瞳は、相変わらず前髪が邪魔をして見えない。

「なまえ、やっとこっち向いた」
「……………………はぁ、」

 振り回されている気がする。この子供は、なんというか、我が儘を助長して育ってしまった。なんだか疲れてしまう。
 わたしはふう、と息をついて立ち上がると、ベルを引っ張って前に立たせた。

「コーヒー買ってくるから見張ってて」
「え、サボり? ずるくね?」
「寒くて死にそうなの」
「ししっ、確かになまえ顔真っ赤。ガキみてえ」
「ガキはお前だ」

 最近前にも増して可愛げがなくなってしまったけれど、わたしが居ない間に関係ない人間を殺してしまうようには育っていないと、信じたい。念を押すようにベルを見つめた。前はもっと子供らしくてまだ可愛く思えたのに。

「じゃあ、ちゃんと見張ってて。よそ見したらスクアーロにチクる」
「げーっ」

 これくらいの圧は必要だ。
 ああ、熱々のコーヒーが飲みたい。冷えきった手のひらを擦り合わせながら一歩踏み出すと、勢いよく手を引っ張られた。

「なに」
「ん」

 振り返ったわたしにずい、と差し出されたのは、マフラーだった。先程まで自分の首に巻かれていた黒色のそれを、ベルが外したのだ。

「貸してやるよ」
「えっ…………珍しい」
「珈琲買ってきたら返して」

 じゃあなんで渡してくれるんだよ。今居るここも、珈琲が売っているカフェも外だ。寒さなんて変わらない。一瞬だけ暖かい思いをさせてすぐに剥ぎ取るなんて、外道じゃないか。
 訝しげな顔に気づいたのか、辟易とした顔でベルが目の前に立つ。仕方なさそうにマフラーをぐるりとわたしの首に巻きながら、口を開いた。

「なまえって顔だけはちょろそうだから、すぐ男に声かけられるんだもん。声掛けてきた男がカワイソウ」
「………………………………」

 白けた瞳を誤魔化す力も、相手を詰る気力もない。わたしはそのままベルの頭を無言で叩き、珈琲を買いに向かった。雪が軽く積もる歩道を歩きながら、首に巻かれたマフラーに触れる。胸の端を擽るような感情には、気づかないフリをする。成長したのかしていないのか、よく分からない子供だ。我が儘なのは相変わらずだし。
 呆れながら、それでもわたしはあいつの為にメニュー表を眺めてしまう。苦い珈琲と一緒にお子様舌のベルのために甘いカフェオレを買ってやる辺り、最高にいい女だなと自画自賛しながら。