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こちらなまえこちらなまえ。至急応答願います。近頃、一緒に生活し始め3年となる彼の様子がおかしいのです。……まあ、彼は元々ほんの少しおかしな人に位置する、所謂少々変わり者ではあるのですが、その変わり者がおかしいと申しますか、おかしくないと申しますか。わたしも訳が分からなくなってまいりました。いよいよ焦りすぎて脳内会議を開くまでと相成りまして、実に恐ろしいことです。

朝の彼の様子です。
今日の朝食は目玉焼き、ウインナー、みずみずしいサラダに、ミネストローネ、そしてほんのり甘いフレンチトースト、さらに珈琲を揃えた、まさにお手本となるような完璧なメニューと呼ぶにふさわしい、わたしとしても大変美味であろうものです。彼への愛とわたしの気分をもりもりにしましたので、二人とも充分に満足するであろうことは分かりきっていました。ですが試しに彼に「どう?」と訪ねましたところ、なんと「ああ……うん、すごくうまいよ」という言葉が返ってきたのです!
なんということでしょう!わたしは驚きでフォークを落としそうになりました。ぎりぎりでとどまりましたが。
恐ろしいことでした。まさか彼からそんな言葉を聞く日が来るなんて。だって、普段の彼であるなら、「ふん、そんな回りくどい聞き方しないで素直に褒めてほしいって言ったらどうだ」とか、「まあ、悪くはないんじゃあないか」だとか、ツンなのかデレなのかよく分からない感想が出てくるはずです。
それだというのに今、彼は、おいしい、と。さらにすごく、という言葉まで添えて。
正直一瞬は嬉しくなったわたしですが、すぐに気を持ち直し、彼の観察へ意識を向けました。やはり、何かがおかしい。
さらにさらに、家に1本の電話がかかってきました時、わたしが出ようとしたところ、その横から彼はひったくるように受話器を奪い去り、こそこそと相手と話し始めたのです。仕事の話かもと思いましたが、それならば忍者のようにひそひそお話する必要などはないのです。そうでしょう? 怪しい。わたしのその感覚は、確信に近いものとなりました。


仕事中の彼の様子です。
部屋にこもり原稿に向かう彼の様子を、わたしは扉の隙間から、バレないように、細心の注意を払いながら観察いたしました。
するとすると、なんということでしょうか! 原稿が全く進んでおりません。普段の彼であるならば、たった一人であっという間に原稿を仕上げてしまうのに。机に肘をつき頭を垂れながらうんうん唸っている姿は、まさにどん詰まり。驚きで腰が抜けるかと思いました。

「…ど………が…わ……っ」

ぶつぶつ。正確には聞き取れませんが、とにかく独り言をぶつぶつと呟いています。怖い。怖すぎて流石のわたしでも涙目でした。実家へ帰らせて頂こうかしら。一瞬実家への帰省を考えるほどでした。

……しかしよくよく見ていると、彼が向かうのは原稿ではありませんでした。なぜなら、ペン等の道具は置いてありませんし、原稿にしては、カラフルで分厚いようです。雑誌でしょうか。この距離では、何の雑誌かは判別できそうにありません。
わたしは控えめにドアをノックしました。するとどうでしょう。彼はキツネに背後をとられた兎のようにびくりと体を震わせ、これ以上ないほど慌てて作業机にその雑誌を隠しました。それはもうこちらがびっくりしてしまうほどのスピードです。

「露伴さん、コーヒーでも飲みますか?」

なにくわぬ顔で部屋に入ると、彼は尋常ではないくらい汗をかいていました。滝のよう、と形容するにふさわしいでしょう。

「あっっ、あっ、ああ。頼む」

怪しい。これ以上ないくらいに。
こんなにも怪しい人は存在しないと思われます。わたしは今、とてつもなく全国の女性に訪ねたいと感じました。恋人が怪しい。どうすればよいのでしょう。


彼にコーヒーをだした後、暫くしてから、わたしは買い物をしてくるね、と彼に伝えました。すると「ぼくも行く」という返事が返ってきました。これは別段珍しいことではありません。創作意欲を沸き立たせるためであるとか、ネタ集めのためだとかで、彼はよくわたしの買い物についてくるのです。しかしこれは探りをいれるにはまたと無いチャンスです。みすみす逃しはしません。




買い物は無事に終わりました。全く普段通り、平和と言う他ありません。
店から再び外に出た時には、彼の顔色は特に悪いというわけでもなく、あの大量の汗もみられませんでした。帰り道のわたしはというと、あの雑誌の正体が知りたくて、どうにかして彼に探りをいれようと試行錯誤しました。

「今日、調子が悪いの?」
「え? なんでだよ」
「だって、原稿、進めていないみたいだったから」
「エッ」

ぴしり、と彼はかたまりました。気づいてたのか。顔にそう書いてあります。

「コーヒーいるのか聞きに行ったとき、机になにも出してないんだもの」
「あっ、ああ…少し考えごとを、」
「考え事?」
「漫画の事だよ」
「ふうん」

雑誌をみられていないと思い、ほっとしたのでしょうか。少し落ち着きを取り戻した彼にすこしムカついたので、これ以上ないくらいの訝しげな視線をなげかけておきました。つうっと、彼の頬を汗が伝っていきました。とても焦っているのが丸わかりです。

「あ! なまえさんじゃないっすか! ……あと露伴センセーも」
「こんにちは! お買い物ですか」

じとっと彼を睨みつけていたところ、わたしを呼ぶ声が聞こえましたので振り返ると、特徴的なリーゼント。東方仗助君でした。少し視線を下げると可愛らしい笑顔で挨拶してくれた広瀬康一くんもいらっしゃいます。この元気な2人はこの杜王町で楽しく高校生活を送っている、わたしのお友達です。仗助君は露伴さんと犬猿の仲で、あまり露伴さんにいい顔はしません。わたしにも「どーしてあんなヤツ選んだんスか! なまえさんにはもっといい人いるって!」と幾度となく詰め寄られました。康一くんは、露伴さんの親友(露伴さんの一方的な感じもしますけれど)だからか、なんだかんだ露伴さんと仲良くしてくださいます。時々彼が家に来る時二人でお話するのを、わたしはとても楽しみにしているのでした。

「おい、なまえ、こんなクソッタレ仗助と一緒にいてもろくな事にならん、行くぞ」

そう言って、露伴さんが歩きだしました。しかし、わたしもここは譲れないのです。

「あら、折角会ったのに。もうすぐ家なんだからお茶でも」

お茶がしたい、というのも本心でしたが、それよりも、彼の怪しさを仗助君達と共有し、相談したいという気持ちもありました。しかし、露伴さんはそれを聞いた途端にぎょっとして、わたしを勢いよく振り返りました。

「いーッスよ、お構いなく。今度また露伴センセーがいないときにお邪魔しますよ」

仗助君は、そう言って、ヘラりと笑います。とってもいい子です。しかし、露伴さんは別のところに反応したようです。

「おい、''また''って言ったか、''また"って! おい、なまえ、お前もしかして、こいつを家にあげたのか!?」
「ええ、だめ?」
「だめに決まってるだろう! 俺のいないときに男をあげて、しかもそれが仗助だって?」
「ただお茶しただけじゃない」

思わずむっつりとしてしまいました。いくら彼でも、わたしの交友関係に口を出されるいわれはありません。仗助くんは高校生。そんな不純な関係だなんて、あるわけがないのに。それに、今怪しいのは彼のほうなのに。彼だってわたしに隠し事をしていて、それなのにわたしにばかりぐちぐち言うだなんて。

「そうですよ。ちーっとお茶しただけですよ、露伴センセ?」

仗助君がちょっと「ヤベー」という顔をしながらそう付け足しました。ですが露伴さんにとっては火に油だったご様子。「もういい! 仗助とでもなんでも勝手にお茶してろ!」とめずらしいくらいに怒って、なぜか康一くんまで引っ張って家のほうに帰ってしまいました。

「あー……すんません、なまえさん…」

仗助君もそこまで怒ると思わなかったようです。申し訳なさそうに眉を下げています。仗助君がそんな顔をする必要はないのに。そもそも高校生に大人気ない露伴さんが悪いのです。

「あいつがなまえさんにまであんな怒るのめずらしいっすね」
「そうかな?」

言われてみれば、そうなのでしょうか。彼の怒る姿は何度も見たことがあります。毎日を一緒に過ごすのですから。でも確かに、わたしにあれほど怒りを向けることは少ないような。仗助君はそこを気にしているのでしょうか。

「大丈夫。すぐ仲直りするから。……あの、仗助君、お願いがあるのだけれど、」

仗助君は、きょとんとした顔で、頷きました。





場所は変わりましたがなまえです。というのも、あの後、わたしは仗助君と近くのカフェまで来ていました。紅茶を飲みながら、わたしは事のあらましを説明いたしました。そう、露伴さんの様子がおかしいことについてです。わたしはここ数日で感じた違和感を、ほとんど全て彼に打ち明けました。

「怪しいっすね…」
「そうでしょう?すっっごく挙動不審なのよ」

こそこそ。別に声を潜める必要はありませんが、わたしの口からは、かすかな音しかでませんでした。誰かに聞かれてしまうのを恐れたのか、口に出すことを恐れたのか、もうわかりませんでした。
仗助君は腕を組んで、しばらくなにかを言おうとしたり、眉間に皺を寄せたりしています。

「なにか心当たりがあるの?」
「あー、いや、なんつーか、その……浮気、だったり、して」

言った後、そんな訳ないっすよね、と付け足して、仗助くんはへらりと笑いました。少し引きつっているのは気の所為ではないはずです。

「うわ、き」

繰り返したわたしに仗助くんはぎょっとして、「今のなし! ぜってー有り得ないから!」と言ったけれど、わたしの頭の中はもう「浮気」という言葉で埋めつくされていました。
露伴さんが、浮気。








仗助君と別れた後も、わたしの中ではまだ「浮気」という言葉がちらついて、中々消えようとはしてくれません。彼は最後まで「ほんっとに! ぜってーありえねぇっすから!!まじで! 冗談!!」と念を押してくれたものの、一度そう思うと、もうそれ以外に理由はないような気がしてきてしまうのです。
家に帰ると、康一君の姿はもうなく、ソファに座る露伴さんがいただけでした。露伴さんは帰ってきたわたしにちらりと目を向けると、すぐにふいと目を逸らしました。その動作だけでも心臓がぎゅっと重くなりました。嫌われてしまったでしょうか。飽きられて、呆れられてしまったでしょうか。
ばくばくと鳴り始めた心臓を誤魔化すように、「ただいま」と声をかけました。露伴さんはこちらを振り向くこともせずに「ああ」とだけ言って、テレビに目を向けました。今日起こった出来事を、ニュースキャスターは明るいような、淡々としているような声で読み上げています。
頭のなかがぐるぐると回り始めました。どうしよう。どうしよう。露伴さんに嫌われてしまった。

「う……ろ、はんさん」
「……はァ!?」

こちらに目を向けてぎょっとした露伴さんは、慌てて駆け寄ってきました。そうしてわたしの顔をがっしり掴んで、ゴシゴシとそこにあった布巾で目元を擦りました。露伴さん、それ台布巾です。言おうとしたけれど、わたしの口から漏れるのは情けない嗚咽だけ。

「あのクソッタレ仗助になにかされたのか!?」
「ち、が、ちがいます、うえ、」

急にギラギラとし始めた露伴さんはわたしにそう叫びましたが、ほんとに違うのでわたしはしゃくりあげながら必死に否定します。勘違いされたままでは仗助君が死んでしまいます。それほどの勢いでした。

「じゃあどうしたんだ」
「ろ、はんさんに、嫌われた…」
「はァァァ?」

いまにもプッツンしそうな顔で、また露伴さんが掴みかかってきました。「なんでそうなる!?」

「だって、露伴さん、う、わ、うわき」
「はァァァァァ!?」

またもや絶叫した彼は天を仰ぎ頭を掻きむしっています。「どうしてそうなるんだ!!」「だって! 露伴さん、う、えええ」「泣くか叫ぶかどっちかにしてくれ!」
とりあえずわたしをソファに座らせた露伴さんは、どうしてそうなるのか説明しろ、と威圧感たっぷりにわたしに言い放ちました。
わたしはしゃくりあげながらここ数日気になったことをどばっと喋り、全て話し終わった時、露伴さんは目元を抑え項垂れていました。

「ああああもうなんでそうなるんだクソ」

またがしがしと頭を掻きむしった露伴さんはわたしに背を向けて部屋へ向かうと、1冊の雑誌を机にばん!っと置きました。
女性雑誌です。表紙はシンプルな白のドレスに身を包んだ女性が柔らかく笑っています。

「女装趣味…?」
「違うッ馬鹿!!」

もっとよく見ろよ馬鹿…と何故かやつれている露伴さんは、わたしに雑誌を渡します。なになに。女心をおさえたプロポーズで未来を開くウエディングだいとくしゅう……。

「浮気相手と結婚……?」
「お前は本物の馬鹿なのか」
「わたしが…浮気相手…?」
「だァァァァァ!! お前が! 結婚するんだ! ぼくと!!」

その絶叫と共に投げられた小箱が顔面にヒット致しました。すごく痛いです。

「一生に1度だからどんなプロポーズをしてやろうと思ってたらぼくが浮気だって!? どうしてそうなる!? 大体! 君に手一杯でぼくには他の女と遊んでる余裕なんてないね! この馬鹿!!本物の馬鹿!!」

頭をがっしり掴んで浴びせられている言葉はもはや説教です。ぼろぼろと涙が止まらなくて、また視界がぐねぐねとしてきます。

「ごめんなさい…うえ、ぐ、」

目をゴシゴシ擦るわたしに露伴さんはめいっぱいため息をついて、小箱から指輪を取り出してはめてくれました。ぴったりすぎる指輪に感嘆してしまいます。

「返事は」
「よろしくお願いします……うう、」




「で、昨日婚姻届を出てきた」
「えへへへへへ〜」
「康一くんも相談に乗ってくれてありがとう」
「えへへへへへ〜」

話す露伴さんの隣でふにゃふにゃとわらうわたしに、康一君がおめでとうございますと笑ってくれます。仗助くんがその横で走り出した瞬間、露伴さんは全力で彼を追いかけていきました。