×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -





大人っぽいひとが、好きだ。
物静かで包容力のあるひとなら尚更。

「つまり茶渡くんってわたしの好みどんぴしゃどストライクな訳なんだよね」

口にウインナーを運びながら、なんてことなく、なまえはそう言った。

「えっ」
「ええっ」
「へ?」

上からたつき、千鶴、織姫。
間抜けな声を出したあと、たつきはぽとりと卵焼きを落とした。有沢家の卵焼きは絶品だというのに。机の上でくたりと倒れていたとしても、たつきが食べないなら食べたいな、と思ってしまうくらいだ。それでも彼女はそれに見向きもしないで目を未だに瞬かせている。
千鶴も口をぽかんと開けていたけれど、下を向いて、すぐにがたがた震え始めている。下を向いているからどんな顔で何を考えているのか分からないけれど、どうせあんまり大したことでもない。
織姫はずっと口の中のパンを咀嚼していたけれど、それを喉の奥に流し込んだ後、顔を真っ赤にして、はくはくと口を開けたり閉めたりした。なんというか、まるで茹でたタコのようだ。

「え、何その反応」

なまえはといえば、三人がそこまで驚く理由が分からずに、首をかしげた。

「だってあんたの口から恋愛関係の話がでるなんて!」
「そ、そそそそそそうだよ!」
「なまえはわたしのハーレム入るって言ってたじゃん!!」
「いやそれは言ったことない」

千鶴に肩を掴まれて勢いよく揺さぶられながら、ここに茶渡くんとかその友達の黒崎とかがいなくて良かったなあ、となまえはぼんやりと思う。あとはうるさい浅野とかね。
ひとしきり驚いた三人は、次には息をそっと潜めて、爛々とした瞳をなまえに向けた。
やっぱりこの三人もそれなりに女子高校生なのである。
前のめりに次の言葉を待つ三人にほんの少しの気恥づかしさを覚えながら、なまえはお弁当を食べる手を止めた。

「例えばその、ど、どういうとこが、好きなの…?」

未だに顔を真っ赤に染めながら、興奮したように織姫が聞いた。彼女は最近茶渡君ともよく話しているし、仲が良いようだからやっぱり気になるのかもしれない。
あんなこと言わなければ良かったかもなあ。と少し後悔する。別に好きというわけじゃなく、タイプだって話なのだけれど。
尋問が続きそうな雰囲気に、なまえは仕方なく考えてみることにした。瞼の裏で、彼の姿を思い浮かべてみる。

……彼のしなやかな身体が好きだ。日本人にしてはかなり大柄で、その大きな体を教室で少し窮屈そうにしているところも好きだ。
歩く姿はゆっくりでなんだか可愛らしい。
少し長めの前髪から切れ長で意志のこもった瞳が覗いているのはとてもセクシーだし、厚めの唇は目を奪われてしまう。
小麦色の肌に触れてみたいと思うし、真っ直ぐに視線を通わせてみたいと思う。
彼の低い声も好きだ。芯が通っているのに暖かくて、いつも聞き入ってしまう。

…ん、あれ? 自分の思考回路に愕然として、なまえは一度思考を止めた。
少し唾を飲み込んで、箸をゆっくりと弁当箱の上に置く。

「……熊さんみたいなとこ。 ちょっとトイレ行ってくる」

それだけ言うと、なまえは席を立った。つまるところ逃げである。
後ろからは「熊…?」という三人のぽかんとしたような声が聞こえた。



ーーーというか待って。待って待って待って。
わたしはただ、タイプだなって話をしたかっただけで、そんな、好きだなんて考えていなかったのに。待って。
わたし、めちゃくちゃ茶渡君のこと好きじゃないか。

「まじかあ…」

どうしよう。自覚なかったとか、笑える。
廊下の端で蹲りながら、なまえは熱くなった頬を冷まそうと瞳を閉じた。
恥ずかしすぎてどうにかなりそうだった。
三人には一言とぼけて誤魔化したけれど、なまえ自身さえ、茶渡のことを考えてみて、あれほどに好きなところがぽんぽんとでてくるとは思っていなかった。
廊下の壁はひんやりと冷たく、今の逆上せた顔には丁度良いくらいに感じた。周りから見たら不審だとしても、今のなまえに気にする余裕はない。
だから、後ろから声が掛けられた時にも反応が遅れた。

「…大丈夫か?」

後ろから、聞き馴染みのいい、穏やかな声が聞こえた。なまえにとっては今一番、ダントツで聞きたくない声である。

「…さ、茶渡くん」

思わず少し緊張で声が裏返った。
ゆっくりとなまえが振り向くと、そこにはこちらを見下ろす茶渡が立っていた。
茶渡はなまえが体調を崩して座り込んでいると判断したのか、もう一度「大丈夫か?」と問いかけてくる。

「大丈夫、大丈夫…だから、うん、大丈夫」

なまえは急激に脈打ち始めた心臓を抑えて勢いよく立ち上がる。今はこの場から離れなければ、それだけを考えて。

「…っ、わ!」

ずる、と脚が傾く。
立ち上がった拍子になまえのバランスを崩した身体は斜めに倒れてゆく。
ぽす、という音がして、いつの間にかなまえは抱えられていた。茶渡に。
逞しい腕が背に添えられている。小麦色のそれを辿り少し上を見ると茶渡の落ち着いた瞳が見えた。

「…さ、さど、くん、」
「大丈夫か? 顔が赤い、熱が……」
「好き」

あるんじゃないか、と問いかけようとした茶渡は動きをピタリと止めた。

「……?」

不自然に固まった茶渡に気づき不思議に思いながら、なまえもあれ、と思考が固まるのを感じる。
ーーーあれ、わたし、今、何言った?

「まっ、ちがう! 違うの! ごめん!」
「……厶」

自分があまりにも阿呆らしい自爆をしたことを悟り、なまえは慌ててその逞しい腕から起き上がる。手が添えられていた背中が酷く熱くなっているのを感じながら、なまえは勢いよく腕を顔の前で振り続ける。

「あ、ありがとう! 支えてくれて! だ、大丈夫? 重くなかった?」
「ああ……軽かった」
「あ、はい! それなら良かった!」

茶渡が自身の掌をじっと見つめながらそう返してきたことに、更になまえは思考が絡まって、視線を逸らしながらひきつった笑いを浮かべた。
ーーさっきの言葉は聞こえていない、絶対。
そう自分に言い聞かせながら、なまえはもう一刻も早くここから離れてしまおうと、足を茶渡とは反対の方向へと向ける。

「……なまえ」
「は、はい?」

身体が半分振り返っていたところで、手に温もりを感じたことに驚き、なまえは恐る恐る振り返る。そこには依然として茶渡がこちらを見下ろすように立っていて、つまりは、今なまえの手をとっているのは目の前の男にほかならない。それに気づき耳の方へ熱が更に集中していく。

茶渡は暫くなまえの瞳を見つめていたけれど、少し控え目に、口を開いた。
なまえは先程自分が思い浮かべていた厚い唇に目を奪われて、ごくりと唾を飲む。

「…俺も、」

言葉が途切れた。
言い悩むような表情を見せた茶渡は、またもや沈黙している。

「俺も同じだと言ったら、困るか」

少し長めの髪から、目が合った。
最初何を言われたのかが理解出来ず、なまえは茶渡の言葉を何度か自分の中で咀嚼して、その顔をじっと見つめていた。
数拍間が空いて、やっと茶渡の言う「同じ」が何のことなのか思い当たったときには、もう顔が火を噴くように熱く、なまえの喉から引きつったような空気が出ていく。

冗談でしょ、となまえは誤魔化すように言おうとしたけれど、茶渡の顔がいつもより赤らんでいることに気づき、今度は口から小さく悲鳴が漏れた。