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遠くで、鴉が鳴いた気がした。かあ、かあと耳に残る声は、わたしをいっそう深く深くへと連れていくようだった。
刀が、目の前の天人に突き刺さった。赤が、飛ぶ。ぐい、と更に体重をかければ、天人からはくぐもった嗚咽が聞こえた。勢いよく刀をひいて、地に伏せる前に蹴り飛ばす。後ろから斬りかかってきたもう1人には、横一線刀を凪いで、目を潰す。堪らずに仰け反った体に、もうひと振りすると、もう動かない。最初は、後で手くらい合わせてやろうなんて思っていた筈なのに、いつの間にかそんな余裕は消え去った。ただ、目の前のものを斬ることだけに意識を傾ける。
深く、深くに沈んでゆく。敵を斬れば斬るほど、奥に手招いていかれる。辺りは真っ暗で、わたしはもうどこに進んでいるのか分からないというのに。わたしに手招きをするあれは、何だ。

1歩踏み出そうとすると、次の天人は泣き出した。ーーー「俺にも、故郷に家族がいるのだ。女房と、3人の子だ。頼む、頼む。頼むから」
膝をつき、頭を垂れていた。視線を横へ逸らせば、そいつが持っている刀にも、血がべたりとついていた。刀を真っ直ぐに振り下ろす。べしゃりと、音がした。
鴉の声は、消えない。ただ目の前の敵を薙ぎ払うことにだけ集中するべきなのに、そうあらねばいけないのに、鴉は未だにわたしを嘲るように鳴いている。
切って、薙いで、刺して、抉る。もう立ち上がらぬように。もう誰も殺させないように殺すのだ。もう、誰も、死んで欲しくない。さあ、次は誰だ、と振り返る。するとそこにはもう、何者の姿もなかった。ただ荒れた野が気が遠くなるほど遠くまで広がっている。地は赤と、天人と、仲間が、仲間だったであろうものが転がっていた。

「あ………」

口から、ぽろりと声が漏れて、それは恐ろしいほどに辺りに響いた。膝からかくんと力が抜けて、その場に尻もちをついた。
べしゃりと、音がする。その音すらも私の耳にしつこくまとわりついて、ぐるぐると回っていく。鼻につく、つんとした鉄の匂い。ぱりぱりに乾き始めた血を浴びた私。投げ出された刀。向こうで転がる息絶えた仲間。目の前で私を見つめる天人の首。守りきれなかった私。守られた私。一人だけ残ってしまった私。
無音の中で周りの物が際立っていて、私の頭をぐちゃぐちゃに掻き回していくようだった。
何も、誰も、いない。

突然、猛烈に怖くなった。
今自分が本当に息をしているのか分からない。ひゅう、と喉でなった音さえも、あたりに響きそうだった。
手が震えた。身体も震えた。口から吐き出される息も、震えていた。苦しくてたまらない。
遠くで倒れる仲間がこちらを見た気がした。気の所為だ。だって彼にはもう首しかない。身体は離れた場所に転がっている。生きてるはずがない。でもその仲間は確かに「助けて」と言う。その咽び泣くような「助けて」はいつの間にか「どうして助けてくれなかった」に変わっている。
思わず目を固く閉じた。
もう見たくない、見れない、見られたくない。どんなに目を閉じても声は頭をぐるぐる回って、消えようとはしてくれなかった。


だから、あの時わたしは安堵した。
「よお」
といつも通りの間抜けた面で、わたし以上に多くの赤を身にまとっていたあいつが目の前に立っていた時、わたしはこれ以上ないくらいに安堵した。
震えはやがて止まり、呼吸は穏やかになり始め、どっとかいていた汗がぽたりと地面に落ちた。

「生きてるか」

こちらに手を差し伸べて、白夜叉は目を細めた。奥に覗く赤色は、まだ濁ってはいない。普段は死んだ魚の目だなんて揶揄されているものの、その目はやはり、まだ生きているヤツの目だった。
差しだされた手を取れないでいるわたしを、それでも暫く待っていた白夜叉は、ぼんやりと顔を見つめるだけのわたしの横にどかりと座り込んだ。赤く染った荒野に二人きり。

「…みんなしんだよ」

思っていたよりもずっと、情けない声がでた。親とはぐれた幼子のような、震えた声だった。

「おまえと俺は生きてんだろ」

こちらに目を向けずに、まっすぐと前だけ見つけて、白夜叉はそう言った。空を仰ぎみた時に、真白だった髪からぽたりと血が垂れた。

「まもれなかったの」

わたしは逆に真下を向いてきつく目を閉じる。仲間の断末魔が聞こえてくるようだった。救えなかった。救えたはずだったのに。喉の奥がじりじりと傷んで、あまりにも苦しい。

「守っただろ」

あっけらかんとした声が、辺りに響いた。あまりにも不釣り合いなその声に、思わず顔をあげる。白夜叉はいつの間にかこちらに向き直っていて、じっとわたしの目を見つめていた。

「お前は自分を守り通した」

立派だよ、おまえは。そう言って、血に濡れた掌で、ぐしゃぐしゃとわたしの髪をかき回した。普段そんなことしないから、ぎこちなくて、下手くそで、乱暴で。でも大きな掌はきちんと温もりがあって。だからなのだろうか、段々と目の前はぼやけはじめて、それに気づいた白夜叉が、ほんの少し呼吸を落とすくらい静かに微笑んだのが見えた気がした。

「逃げちまうか、こんな戦ほっぽって、どっか遠くに」

先程までよりもほんの少し優しく、彼はわたしの頭を撫でた。その口から漏れた言葉を、きっと白夜叉が実行することはないのだ。いいや、絶対にないのだろう。だって、彼には守りたいものがまだあるのだから。助けなきゃいけないものがあるのだから。

「そんなこと思ってないくせに、よく言う」

わたしが少しだけ笑いながら零した言葉に、白夜叉がまた笑ったのが分かった。