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こたくんは、何だか普通じゃない。変わっている、というか、不思議、というか、普通じゃない。

こたくんの顔は女の子みたいに可愛くて、小さな顔にぴったりの形の良いパーツが綺麗に並べられてる。男の子なのに、女の子みたい。こたくんはそう言われるのがとても嫌いみたいだけど、こういう顔をお人形さんみたいだと言うのだろう。
松陽先生の掛け声で竹刀を振り下ろす姿はすごく凛々しくてかっこいい。周りの男の子達は皆むさ苦しい感じなのに、こたくんの周りはあくまで爽やかだ。一つにまとめた髪がさらさらと揺れている。
小さな唇が大きく開いて鋭い掛け声が辺りに響いている。いち、に、いち、に。
鼓膜を揺らす未だ声変わりを迎えていない高い声。いち、に、いち、に。

「こたくん」

稽古が終わったこたくんに話しかけてみるととてもびっくりした顔をされた。初めてみる人へ向けるような眼差しに胸がぎくりとする。でもその顔はすぐにきりりとした顔つきになって、口元はきゅっと結ばれている。

「なんだ」
「あの、こたくん、あのね、わたし」
「用がないならもう行くぞ」

ただこたくんと話したいだけで駆け寄ったものだから何を話すかなんて考えていなかった。そうしてまごついている私にこたくんはそういうとさっさと私から離れていってしまう。私は何も言えずに自分の着物の端をぎゅっと握っていた。

「なにしてんだお前」

こたくんがいなくなった後もずっとその場でぼうっとしていたら、そうやって銀時に顔を覗き込まれた。銀時のふわふわの銀色を私は気に入っていたけど、その時は無性にこたくんのさらさらの黒髪に触れたかった。一度も触ったことのない艶やかなあの黒髪を。

「銀時の髪はふわふわだね。さらさらじゃないね」
「おいコラなにいきなり喧嘩売ってきてんだ」
「売ってないよ。たださらさらじゃないなぁって。もじゃもじゃだなあって」
「売ってるよね? 確実に売ってるよね? 特にさいごのもじゃもじゃは悪意しかなかったよね?」

頬を引きつらせながらそう言う銀時は、急に真面目な顔で「やっぱなんかあったのかよ」と聞いてくる。普段は喧嘩ばっかりしてるし、不真面目だし、先生にぼこぼこにされてばかりの銀時は、こういう時だけはとてもかっこいい。

「こたくんに」
「ん?」
「嫌われちゃったかなぁ」
「.....ん?」

銀時はまた口元を引きつらせた。さっきのとは違って、戸惑っているような、呆れているような、変な顔をしていた。こたくんと仲がいいからこそ、思うことがあったのだろうか。私は銀時から「ヅラはお前のこと嫌いだってよ」なんて言葉がでないかひやひやしていた。そんなことを言われた時には私は泣いてしまうだろうと思う。

「えーっと、なんで?」
「こたくん、私といる時だけ楽しくなさそうだし、話しかけてもすぐどっかいっちゃうんだもん」

不安で仕方なくて、視界がぼやけている私に、銀時は面倒そうに「そんなことねえよ」とだけ言った。銀時のいう事が全然信じられなくて「うそだ」と言ったら、珍しく優しい顔で「本当だよ」と私の頭を撫でた。

「本当かなぁ」

結局こたくんとは、それからもずっと、ちゃんとお話はできなかった。
こたくんは戦争にいって、それからずうっと会っていない。




△△△


仕事で上司との間に嫌なことがあって、(まあありがちなセクハラやパワハラと言われる類のもの)その上彼氏に三股をかけられていて他の二人が浮気相手だと思っていたら私が一番新米の浮気相手だった。彼氏、今となっては元彼となった男は、「なんで浮気したの」と言った私に鼻で笑って「お前が浮気相手だよ」と言った。くそったれ! 道ゆく人々に心のなかで中指を立てる。全員不幸になれ! 人類史追われ! 幸せな人はどこだ! ちくしょう! 私は今までにないくらい自暴自棄になっていた。

あまり普段は飲まない酒を浴びるくらいに飲んでやった。それだというのに全く酔えない。ただただ頭痛と吐き気が増していく。どんなに酒を飲んでも酔えない自分の体質を恨んだ。

「もうやめといたらどうだい」

居酒屋のおじさんにもそう言われてしまう始末。口元を被いながらやっとのことで会計を済ませて、ぐるぐるする頭を押さえつけながらふらふらと歩く。
もう帰ろう。帰って寝てしまおう。寝たらあの男へのイラつきも霧散して消える。

そう思っていたのに。

「入ってしまったああああ......」
「んもう、なによ死にそうな顔して。吐くんならちゃんとトイレ行って?」
「うううごめんなさい....」

机に突っ伏して隣からかかる野太い声に答える。帰っても一人だという現実に耐えられずに、そしてこの店から聞こえる楽しげな声につられてしまった。甘すぎる自分にほとほと呆れる。

「しかも入ったのオカマバーだったし...」
「なによオカマ馬鹿にしてんの!?」
「してないですうううう...」

コワモテなお顔を近づけられてもはや涙目だった。大丈夫だろうか。法外な料金を請求されたりしないだろうか。その前に生きて帰れるだろうか。

「あんまりイジメちゃだめよもぉ」

また増えた....。死んだ目で隣に腰掛けた男せ、...女性に目を向ける。どうせごりごりむきむきの男なんだ、そう思っていたのに、そこに居たのは紛うことなき美女だった。思わず目もとをごしごしと擦る。オカマバーって女の人も働けるのだろうか。

「大丈夫? このアゴの化け物怖かったでしょう」
「誰がアゴの化け物だゴラァ」

男の人だった。低い声、突き出た喉仏、筋肉のついた腕、角ばった手。男の人だ。一度見ただけでは女の人にしか見えなかった。騙し絵を見せられたような心地でじっとその人を見つめれば、視線に気づいたようで、ぱちりと目があった。その瞬間、その人の目が大きく見開かれた。とてもびっくりした顔。どこかで見た表情な気がした。口はぱくぱくと開いたり閉じたりを繰り返していて、空気を求める魚みたいだと思った。

「あ、お、お前は....」
「へ?」
「くらぁヅラ子お客様に向かってお前とはなんだぁ!」
「す、すまん」

視線をきょろきょろとあちこちで彷徨わせながらアゴ美さんに謝っているが、口調はさっきとまるで違っていた。こちらが素なのだろうか。
ヅラ子さんというらしいその人は、席についた後も私をガン見していた。その目はどこかで見たような気がするものだった。でも、こんな美人のオカマ、知り合いにいただろうか。




結局閉店までだらだらと居座った私はふらふらと帰り道を歩いていた。オカマバーの人達は思っていたよりもずっと優しくて、生きて帰らせてくれるのだろうか、と考えていた自分が情けないくらいだった。最初は酒を飲みながらぐずぐずしていた私も、最後はジュースを飲みながら仕事と元彼の愚痴を零していた。オカマの口はどうしてあんなにも達者なのだろう。特にあの私を穴が空くほど見つめていたヅラ子さんは、私のだらだらとした話をきちんと聞いてくれた。私の愚痴を聞きながら「その男クズよ最低よ人類の敵よ」とか、「ああああありえないなんであなたにはもっといい男いるでしょおおお」だとか、最終的には「その男殺す」と過激的な発言に到達した。それはもちろん冗談であるはずなのだが、そのときヅラ子さんの瞳孔が開いていたのが気になるところだ。昔同じような男にでもひっかかったのだろうか。でも、嘘でも嬉しかった。あんなに親身になって相談にのってくれて。
これは通い詰めること決定だな。
道の真ん中で立ち止まって、携帯を開いた。人口的な光が飛び込んできたことに驚いて、脳がぐらぐらする。連絡先一覧。その場所に元彼の電話番号がきちんと収められている。そこにカーソルをあわせて削除ボタンを迷いもなく押した。

「.....消せた」

ずっと消そう消そうと思いながら消せなかった番号があっさりと消えて、その空間にはもうなにもなかったかのように別の番号がいる。そのことに満足したのか、思わず笑ってしまう。
よし、帰ろう。そしてぐっすり寝て、明日またあのオカマバーに行こう。連絡先削除。大きな一歩を報告するのだ。