穴が開くくらい見つめる。とはよく言うけれど、彼がこちらを見る目は、こちらを変にどぎまぎさせて、落ち着かなくなってしまう。 クザンさんの執務室はいつも涼しい。それは彼がヒエヒエの実の能力を有しているからというのはもはや誰もが知ることである。 そんな部屋の中の机に足をだらしなく乗せて、わたしが書類を整理する様子を黙ってみている姿は、何を考えているのかよく分からないからどうしても萎縮してしまう。 なんでずっと見てるんだろう。上司に黙って眺められていたら、変に勘ぐってしまうものである。 先程煎れたお茶がぬるかっただろうか。反対にほんとは熱いのが飲みたかったとか。コーヒーの気分だった?一緒に出した羊羹いやだったかな。もしかして部屋暑い? 様子を伺いつつ、一応手は動かしてみるものの、全く集中などできない。 クザンさんがわたしを見つめ続けて丁度10分たった頃、わたしは耐えきれずに「なにか御用ですか」と恐る恐る問いかけた。
「え?」
まるでわたしが言葉を話すことがとても不思議なことだとでも言うように、クザンさんは首を傾げた。
「なんで?」
こてり、と効果音がつきそうなほどあどけないその表情からは悪意も不満も感じ取れない。
「いえ、ずっとこちらを…見ていらしたので、」
わたしの言葉にクザンさんは「ああ」と声を漏らして、納得いった、という風に頷いてみせた。
「なんか、君が可愛いもんだから目で追っちゃうんだよね」 「えっ」
ふ、と悪戯っぽく微笑む姿はあまりに色っぽい。言葉と相まってもはや暴力的だ。 わたしは赤くなっているであろう情けない顔を誤魔化すように俯いて「からかわないでください」と返すことが精一杯だった。
「本気なんだけどなあ」
ぽつ、と呟いたクザンさんは、椅子に座り直して「おいで」とわたしに手招きした。 上司の命令ならば従うより無い。赤くなった頬を隠し通すために近づきたくはないのが本音だが、わたしはおずおずとクザンさんの側へやって来た。
「可愛いよ、君は」
彼の長い手が、少し離れたわたしを引き寄せる。よろけた身体はクザンさんの上に正面から乗っかってしまった。
「す、すみませんっ」 「んー、いいよ、そのままね」
「へ」と間抜けな声を漏らしたわたしの頬を、大きな掌が撫でる。ゆっくりと焦らすように耳を擽られて、びくりと身体がはねた。 心臓は痛いくらいに脈打っている。恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい。
「あ、の…あ、恥ずかしい、です」
意を決して、わたしの耳をなぞっているクザンの方を向いてそう言ってみる。 それを聞いているのかいないのか、彼はわたしの耳元に口を寄せた。
「かーわいい」
吐息たっぷりの、甘やかすような声。なんだか変な気分になってしまう。 なんだか胸がきゅんとして、死んでしまいそうだ。 そのままクザンさんは優しくおでこにキスをした。…え?
「ひ、う、あの、きっ、きす、」 「ああ…可愛いからつい、ね」 「ひい……」
情けない声を漏らしたわたしに、またクザンさんは色気たっぷりに優しく微笑んで、わたしの耳元で囁くように言った。 そのまま顔を近づけられて、思わず目を閉じる。自分の心臓が暴れている音が耳に届いていた。
その時コンコン、とドアがノックされたことではっとした。 クザンさんを呼ぶ声がする。誰かが書類を届けに来たのだ。きっとすぐ入ってこないから、部下の人だけれど。 ドアの方に気を取られて背けたわたしの顔を、クザンさんはぐいとまた自分の方へ向ける。
「あ、の、クザンさ…」 「しーっ」
そのまま唇が、触れた。びくりとして瞳を閉じる。そのままぺろりと唇を舐められた。
「あ、……ふ、う、」
いつの間にかわたしはソファに運ばれていて、目の前にはクザンさんが立っていた。
「続きは後で…ね?」
耳元でまた囁かれる。脳がぴりぴりとして、わたしは気づけば「ひゃ、い」と間抜けな声で応えていた。
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