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 朝、目を覚ませば、柔らかい日差しが差し込んでくる。わたしはぼそりと呟いた。

「髪、いじりたい」

 寝起きのがさりとした声でも、その欲望はきちんと形になって部屋に満ちる。よし、朝ご飯までまだ時間はありそうだ。わたしはのろのろと体を動かして、適当に準備をし、トレーナーに腕を通して、傍にあった棚を漁り始めた。
 クリーム色のリボン、アジアンっぽいヘアゴム、ほのかにラメが入ったシュシュ、様々な太さのカチューシャに、パンダがついたパッチンから、大人っぽい金色のヘアピンまで。とにかく目につくものを、わたしは傍にあった籠にぶち込んだ。
 部屋を出る前にストレートアイロンとカールアイロンをどちらも引っ掴んでそれも脇に抱える。

 籠を持って食堂に姿を現したわたしに、皆は「またか」という顔をした。そう、またである。

「主、おはよう」
「おはよう!」
「主君、おはようございます!」
「おはよー」

 誰一人としてもわたしの持ち物に言及するものはいない。
 今日の食事当番の一人らしい青江が、にこにこと笑いながらわたしの元へおかずを運んできてくれた。こと、と小鉢を並べた後、わたしの傍に置かれた籠に目を向け「今日はお目当ての子は居るのかな……?」と怪しく笑ってみせる。

「青江」
「ん?」
「今決めた。青江、当番の後集合ね」
「…………はいはい、分かったよ」

 青江は一瞬不意をつかれたように目を瞬かせたものの、力が抜けたように笑うと、また厨房へ帰っていった。深い緑色の、束ねられた綺麗な髪がなびく。

「……んふふふふふふ」

 にまにまと笑っているわたしにも皆何も言わず、ただ「相変わらずだなあ」みたいな目をしているだけだった。



「よし青江、おすわり」
「好きだねえ、きみも」

 のんびりとした声を出した青江を座らせて、彼の後ろへとまわる。一応「触るよ」と声をかけた後、彼のまとめられていた髪を解けば、艶やかな髪がはらはらと彼の肩にかかる。
 なんだこのうるおいは。なんでこんなさらさらなんだ。

「っすごいね青江……」
「きみが気に入ったなら良かった」
「最高」

 指で何度かすいたあと、いよいよわたしは傍に置かれたカールアイロンを手に取った。延長コードが指に絡まったので膝立ちのままちょっと足を振る。
 青江の髪の上を半分ほどヘアクリップでとめて、わたしは一束髪をとった。

「ああ〜……キマるわ……」
「…………ヘアアレンジのことかな?」

 青江がちょっと微妙な顔をする。笑っているのか呆れているのか分からない顔。いつもは自分がギリギリアウト発言で怒られているのに、わたしが言うのは変らしい。
 けれどキマることには変わりないので、わたしはもう一束をカールアイロンに巻き付けた。ゆるふわカールになった青江の髪は、それでもやっぱりつやつやとしている。

「うっわめちゃくちゃ可愛い予感しかしない」
「光栄だねえ」
「うーどうしよ、ポニテかな……ハイで……おわああ可愛い……」

 ゆるく巻かれた髪を高めの位置でポニーテールにした。サイドの毛も出して巻いておく。
 一度細めのヘアゴムで結んだあと、わたしは傍らの籠を足で寄せた。寄せてから歌仙に怒られそうでちょっとひやひやしたものの、歌仙は今遠征でこの本丸には居ない。安心だ。

「うーんやっぱ金……いやまって、シルバー、いいな」
「ふふ、目移りかい?」
「だーって、どれも似合うし」

 結局迷いに迷って、シルバーの花がついたヘアゴムにした。
 出来上がった青江の姿を、少し離れてまじまじと見つめる。文句のつけようがない。最高に可愛い。この世の幸福が全て詰まっていた。

「っはー……やっぱいいわあ……」
「ご満悦だねえ。満足したかな」
「まだ!」
「欲しがりだなあ、きみも」

 ふふ、と青江は笑って「次はどこへ行くんだい? 折角だから、自慢ついでにお供しようじゃないか」なんて言う。可愛くヘアアレンジした青江を引きつれて本丸を歩けるなんてご褒美が大きすぎるのではないだろうか。
 わたしがアクセサリー類の入った籠を持ち、青江がヘアアイロンの二つ入った籠を持ってくれる。怪しい笑顔を浮かべながら、わたしたちは部屋から一歩踏み出した。