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 ぐつぐつ、ぐつぐつ、鍋の底で沸騰する音が耳に流れ込んでくる。冬に美味しい、白菜を主役にした鍋だ。僅かに黄みがかった緑の葉っぱがくったりとして、良い色合いになってきた。
 ぱくり、と。綺麗な唇が開いて、その中に箸につままれた白菜が吸い込まれていく。ぴりぴり、と僕の耳の後ろが痺れた。

「おいしい」

 はふはふ、と何度か熱そうに口を動かした後、ふ、と息を漏らして、主の瞳がきゅうっと細まった。心の底から幸せそうな顔だ。

「桑名の作った野菜、やっぱり美味しいね」
「……うれしいなぁ」

 白菜とろとろだよ。ネギも美味しい。あ、これカブ?嬉しいな。
 次々に箸にさらわれていく野菜たち。心なしか幸せそうに見えるのは、僕の瞳がちょっと贔屓しすぎだろうか。

「いつもありがとう、桑名」

 野菜を口にするたびに主が紡ぐ文言は、僕の背筋をいつだってそわそわとさせた。
 僕の作った野菜が、彼女の唇に食まれ、喉奥を通って、そうして血肉に変わっていくのだ。そう思うとどうにも落ち着かず、彼女の口の中へと運ばれる野菜をじっと見つめてしまう。

「うらやましいなぁ」
「ん? ごめん、この春菊欲しかった?」
「ううん、大丈夫。食べて」

 うらやましいなあ。彼女の身体を形作れるすべてに、そう思う。けれど彼女の唇の端についたタレを取ってあげられるのは、この身を得た僕だからだ。
 うらやましいなあ。でも僕は僕の身体を愛おしくも思う。農業に身を浸して、野菜を育てて、それを彼女が食して、彼女を形作る。僕に肉体を与えた彼女の身体を、今度は僕が。

「ごちそうさまでした」

 いつか、これでも物足りなくなったら、僕が彼女の一部になれないものだろうか。柔らかい唇で、僕を食んで欲しいのだ。
 その願いをひっそりと舌の奥に隠しながら、僕は「おそまつさまでした」と心からの幸せを込めて笑った。