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夢を見るのは、好きじゃない。だからなるべく、眠りたくない。
 夢の中で、多分わたしはすごく遠くて暗くて、酷く冷たいところに居る。いつもそう。起きた時には何にも覚えていないのだけれど、とにかく夢の中のわたしはとても小さくて、ちっぽけだ。
 ばくりと、黒い何かに食べられた気がする。ぶすり、後ろから刺された気がする。ぐちゃり、何かに潰されて、ぼたり、と何かが落ちて。そんな気持ちがいつも纏わりついて起きる。
 わたしが良く眠れていないこと。それに目ざとく気づいたのは、ブチャラティだった。まだわたしが此処に入って、初めの頃。

「寝不足か?」
「は」

 は、という間抜けな音は、驚いたから漏れ出したものだった。だって、わたしはこれ以上無いほどに気を付けていたのだ。隈の濃い顔はみっともないからとメイクで隠していた。表情にだって、出していなかったはずだ。けれど、彼はなんてことないようにわたしに問いかけた。眠れていないのか、と。

「休める時に休んでおけよ。身体がもたないだろうからな」

 分かってる、でも。そう続けようとしたわたしを、ブチャラティのいやなくらいに綺麗な瞳が射抜いた。わたしは何も言えなくなる。分かっている。自己管理くらい、自分でしてしかるべきだ。
 わたしが黙り込むと、ブチャラティはふう、と息をついた。

「そこでいい、寝ろ」
「は」
「任務の前に寝ておいた方が良い。全員集まるまでまだ時間はある」
「そこで?」
「ああ。そこで」

 けろっとした顔で、ブチャラティは言う。特になんとも思っていない顔だ。
 仮にも女をこんなところで寝かせたりする? そんな風に言おうとしたけれど、ブチャラティがあまりにも、純粋に、心配しているって感じの顔をしているから。だからわたしは何にも言えなくなってしまったのだ。

「安心しろ。ここに居る」

 ブチャラティにとって、その言葉は、多分当たり前のものだっただろう。子供にかけるようなそれに、ちょっと笑った。真剣な顔をしているから、余計に面白い。だからだろうか、わたしはそのまま吸い寄せられるように、促されるまま机に突っ伏した。すぐ横に座っているブチャラティが、わたしの肩に借りてきたらしいブランケットをかける。

「良い夢が見れるといいな」
「……ゆめ?」

 ああ、お前が見たい夢を。ブチャラティの、穏やかな声がする。
 眠りたくなかった。恐ろしいから。あの場所は、ほんとうに怖い場所だから。それだけは分かるから。
 けれど一度瞳を閉じると、頭がぼんやりとしてしまう。ああ、怖い。怖いよ。
 柔らかな温もりが、わたしの頭に触れた。何だろう、とそう思うよりも先に、陽の光がじわりと指すように、安心感が柔らかく広がった。好きな、夢。ブチャラティの言葉が頭をよぎる。考えたことが無かった。わたしにとって今まで夢は一つだったから、好きな夢が見られるだなんて、考えなかったのだ。
 好きな夢が見れるなら、それなら、暖かい陽の差す浜辺で、まどろむ夢が良い。誰にも邪魔されずに。

「おやすみ」

 じんわりと、声がした。泣きそうになるくらいに、優しい声だった。


「わ! コイツが寝てんのすっげーレアじゃん!」
「おい、ナランチャ。静かにしてやれ」
「あっ、ごめん!」

 気づいたら、目の前には「やっちまった」って顔のナランチャが居た。しばらくぼんやりした頭で、瞬きを何度も繰り返す。ここが現実なのか何なのか、分からないでそうしていると、わたしの頭に、優しく手が触れた。
 乱れた頭を直してくれたらしい彼が、少し安心したふうに笑う。

「夢は見れたか?」

 夢の記憶は、いつもの通り無かった。でも、わたしの心臓の辺りには、あの恐怖はこびりついていなかった。ただ、柔らかく、優しい、陽だまりのような優しさがあるだけだった。
 うん。いつの間にか漏れた声に、ブチャラティが笑って「そりゃあ良かった」と笑った。