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オレは一生、恋をしない。
今までもそうだったから、きっとこれからもそうだろう。
生きていくために必死に勉強した文字。その文字で埋め尽くされた本の中に、よくその単語は登場した。物語のプリンセスもプリンスも、いつも驚くほど容易く恋に落ちる。運命、という言葉を軽々しく操っては、恍惚とした表情で甘い言葉を零すのだ。
今までオレにそんな甘い痺れが訪れたことはない。

「このお話、素敵ですよね」

だから、彼女がそう言った時、正直よく分からなかった。適当に返事をして、彼女の表情を盗み見る。彼女は楽しげに目を細めながら、手元の文字を追っていく。幼児向けの、昔話の絵本。そんなものが何故図書室にあるのかは謎だが、ここには大抵の本があるから、まあ不思議ではない。
緩やかに文字をなぞる伏せられた瞳は、なんだか自分とは違う世界のもののようだ。……いや、実際違う世界のものなのか。

「そんなにいいもんっスか?」

彼女が、意外そうに目を見開いた。
こちらを見上げて「あんまり読んだことないですか?」と言葉を零す。手元のページでは、オヒメサマとオウジサマが、手を取り合って唇を重ねている。真実の愛っていうやつだ。

「……近所のガキンチョにせがまれて読んだりするけど、あんまし」
「読み聞かせ! 素敵ですね」

にこにこと締りのない顔で笑う彼女は、自分の予想外のところに食いついてきて、少し戸惑う。

「ラギー先輩って、近所の女の子達の初恋泥棒なんだろうなあ」

彼女が夢想するように瞳を閉じた。オレの故郷を、思い描いているのだろうか。口元には穏やかに笑みがたたえられていている。無垢な、汚れなんて知りもしない笑顔。
胸が、ざわついた。
彼女の瞳が開かれて、オレの顔が写っている。

「行ってみたいです、ラギー先輩の故郷」
「…いい所ッスよ」

彼女は嬉しそうに頷いた。
オレは彼女がばあちゃんと話たり、近所の悪ガキに囲まれて遊んでいる姿を想像してみた。大きく口を開けて笑う彼女の姿は案外悪くなくて、不思議な感じがする。

「来なよ」
「…え?」

来ればいい。オレのところに。
その言葉を飲み込んで、彼女の頬に触れる。
時折、この子がとても欲しくなる。他の奴には渡したくないと、子供のようなオレが言う。
擽ったそうに、彼女が笑う。警戒心なんてありもしない笑みだ。

「目、閉じて」

なんの戸惑いもなく、彼女が瞳を閉じた。
ああ、なんてお馬鹿さん。
目の前の男が自分に危害を加えるだなんて、夢にも思っていないのだろうか。

オレは一生、恋をしない。
今心臓を撫でていくざらついたものは、恋などでは決してない。
絵本になんて決して登場しない、もっと黒く濁った何かだ。
…オレに捕まるなんて、ご愁傷さま。
そう笑いながら、オレは彼女の唇に噛み付いた。