やさしい記憶











朝食の香りが充満した部屋。


これは幸せの香り。


その日は僕達にとって特別な日だった。

でも、僕らは何一つ特別なことをしなかった。


朝食をとったあと、僕達は二人で並んでキッチンに立ち並んで後片付けをした。


優葉は僕のことを「邪魔だ」としきりに言って座らせようとしたけれど、僕は優葉と並んでキッチンに立っていることがとても幸せだったんだよ。


片づけが終わったら、僕は日本語の小説を鞄から取り出した。


「優葉。ちょっと日本語教えて。」

「いいけど。」


そういう優葉を僕は手招きをして、ねっころがる僕の腕の中に寝かせる。



「こんな格好で本読んで腕痛くならないの?」

「平気ですよ。」


僕は優葉を後ろから包み込むような体勢で二人で本の文字を追った。


「優葉。ここはなんて読むんですか?」

「ここは、"けいもうーてき"って読むのよ。」

「意味は?」

「たくさんの人に知識や考えを話して、こう導く、ってたくさんの人をまとめてリーダー的な感じに引っ張るようなこと。」

「ああ!ケイモンですね。」

「っていうかチャンミン難しそうな本読んでるわね?」

「これですか?ろうどくしゃっていう小説です。」

「ああ。私も知ってる!」

「あ!ラストは言わないでくださいね。僕まだ最期まで読んでないんですから。」

そう、言う僕に優葉は少しうれしそうに顔をほころばせ「チャンミン温かい」と言った。

そんな優葉が愛おしくて僕は、本を置き力を込めて抱きしめた。


「こら。本は?」

「優葉のせいですよ。もう、ずっとこうしていていいですか?」

「ん〜。どうしようかな。」

「否定しないならこうしてます。」



そうやって僕らは一日中くっついていた。

まるで身体が溶け合ってしまうのじゃないのかって程。


ずっと、ずっと。




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