偶然







止まっていた優葉と僕の時計が動き出したのは


あの、雨の夜。


昼間の暖かい空気を一気に冷やした春先の雨。





僕は一人になりたくて、ユチョンに教わった日本のバーに来ていた。

奥の個室でヘッドフォンの音楽に実を傾けながら、韓国を思っていた。

ずっと日本の活動が続いていて少しホームシックになっていたのかも知れない。




流れていた曲が変わり、アリシア・キーズのTry Sleeping With A Broken Heartが流れ出した。


久しぶりに眼に優葉が浮かぶ。

彼女が好きだといった曲。


久しぶりだった。

本当に久しぶりに優葉の顔を瞳の奥で見つめる。


忘れていた?

いや、忘れようと、心の奥に鍵を掛けていたこの思い。


少しセンチメンタルになっていた僕の心にあふれ出す優葉の笑顔。


僕は思わずその曲を何度も繰り返し、携帯電話を開いた。


僕は店を出てゆっくりと歩きながら宿舎に向かっていた。


何でだろう、このときはためらわずにすぐにボタンを押せたんだ。



呼び出し音がなり続ける。

いつもどおり、ただ単調に切れることなく続く音。


真っ暗な道、深夜。


この細い路地には人の姿も見えなかった。


ふと、気づくとその呼び出し音とシンクロして、メロディーが聞こえてくる。


僕は立ち止まり、その音に集中する。


そしてまさかという思いを抱き、音の聞こえる背後を振り返った。





暗くてはっきり見えないけど、暗がりに小さな影が一つ。


僕は少しずつ、その影のほうに歩いていく。


夜の暗闇の中、明るく照らす携帯電話を握り締め、本当に切ない顔をしている君の姿がそこにはあった。



僕は耳から携帯を外し、コールをしていることも忘れて彼女の名を叫んだ。


 



「優葉!!」



彼女は僕の声に顔を上げ、左右を見たあと、ゆっくりと僕のほうに視線を合わす。


「・・・え?・・・チャンミン・・・」


思わず口を手で覆った君は僕の名およびその場にしゃがみこんだ。








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