2.time goes by





pipipipi・・・





優葉の携帯のアラームが響く。

このアラームが現実に戻る合図。




さっきまで優しく微笑んでいた優葉は、僕に申し訳なさそうに微笑む。

「ゴメン・・・もう・・・」

本当はこの瞬間、『イヤだ』と駄々をこねてやりたい衝動に駆られる。
普段の威勢の良さは地平線の彼方へと飛んでゆき、そのかけらを見せることなく、僕は優葉の手を離した。

「帰ろっか。」

ちょっとでもゆっくり、コートを羽織り、ゆっくりと会計を済まし、ゆっくりと歩く。
こんなの何の意味もないって分かっているのに、いつもこうせずには居られない。



扉をゆっくりと開くと切ない鈴の音色が響く。




地下から地上に上がる狭い階段。
少しでも君の体温を感じていたくて、僕は扉が閉まるとすぐ優葉の手握った。

一段一段ゆっくりと、言葉もなく、優葉の体温を感じながら登っていく。

最後の一段で鉛のように重くなり、動かなくなる僕の足。


先に一段あがった優葉は、振り返った。

君の後ろには綺麗な月、その月よりも美しい笑顔を浮かべると、優葉は絡めた指を一本一本解いていく。


解かれた指を、今日も僕は掴み返せずに、解かれていく感覚だけが痛みとなって胸に刻み込まれていった。


今日で何度目だろう。

僕はその度に空気を掴むように、そこには無い優葉の細い指を握る。


今日も僕は冷たい冬の空気を握り締める。





僕が決して口にすることのできない、優葉への愛の言葉を心でつぶやく間に、優葉は振り返りもせずにタクシーを止めた。


「じゃあ、身体に気をつけて仕事がんばってね。」

「優葉も。あんまり頑張り過ぎないでくださいね。」

微笑みの返事をくれた優葉は、次の約束も交わさぬまま、タクシーで去っていった。






優葉を乗せたタクシーが通りを曲がって見えなくなると、鉛のような足がやっと動き出す。

握った手のひらの力を抜き、ふと視線を落とすと、手のひらに爪の痕がくっきりと浮かんでいた。

僕は優葉の体温をこんなにも求めているのに、優葉はそそくさと明日へ行ってしまう。




この気持ちを遂げることは、優葉の幸せを壊すこと。



僕はどうして過ごしていけば、いいのだろうか・・・





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