2.time goes by |
僕が吐き出した瞬間、白く変わる息。 もう、時間も遅い。 外は冷え切っていた。 タクシーを降りた僕は優葉の待つ店へ向かう階段を下りていく。 その小さなお店の扉には鈴がついていた。 ドアを開ける鈴の音。 胸の高鳴りの音色。 僕は足早に店内を通り抜け、一番奥の席に向かった。 「お疲れ様。」 「優葉、遅くなってゴメン。」 「平気。仕事でしょ?」 今日も、綺麗だと、優葉を抱きしめたい。 そんな僕の内心とは正反対な優葉の表情。 変わらず、冷静な優葉。 抑えきれず、僕は優葉の肩に手を当てた。 優葉は、少し微笑み「チャンミン。」と一言。 僕の名に咎める響き含ませ、口にする。 僕は隣に腰掛け、こっそりと周りの目を気にしながら、優葉の細い指に僕の指を絡めた。 優葉は何も言わないまま、僕の手を握り返してくれる。 「優葉。今日は?」 「一時まで。それまでにはここを出ないと。」 「そっか。わかりました。」 なんで?もっと一緒に居たいのに・・・ 『帰したくない。』 『一緒にいつまでも居よう。』 『どうだっていい。どうなってもいい。』 いくつもの言葉。 いくつもの切なさを胸の奥に押し込め、僕は運ばれてきたジュースを流し込んだ。 「今日は何の撮影だったの?」 「新しいアルバムとジャケットの撮影。今日でやっと終わった。」 「そっか、じゃあ、少しは休めるの?」 即答できずに頭の中の記憶を引き出す。 確か、この後はすぐPVの撮影に入る予定だ。 僕はゆっくりと首を横に振る。 「難しいか。身体は大丈夫?早く帰らなくて平気?」 優葉は知らないでしょ? 最後の一言が冷たい風になって、僕の心を冷やしていくなんて。 「ぜんぜん大丈夫です。明日の朝はいつもより、ゆっくりできるし。」 優葉は今日一番のやさしい微笑を浮かべながら「そっか、なら良かった。」と呟く。 僕の身体を案じてくれているって事だけで、嬉しくて仕方ない。 でも、ウソなんだ。 今日の睡眠時間はきっと2時間ぐらい。 でも、優葉に会わずに一人、ベッドに入っても、僕は10分ですらまともに眠りにつくことはできないだろう。 優葉の笑顔が僕にとってどれほど偉大なものなのか優葉は知らないだろ? 手をそっと絡めるだけでもいい。 笑顔を見せてくれるだけでいい。 それだけで僕は明日へ進むことができるんだ。 優葉という存在が僕を幸せにしてくれるんだ。 だから、多くは望まない。 だって、僕の心の中に眠るたくさんの希望。 この思いを遂げるためには、優葉の眼に広がるこれからの未来を壊さなくちゃいけない。 優葉の笑顔を奪った先に僕の希望があるのなら、こんな希望、叶えなくてもいい。 僕はこの数時間で生きていけるんだ。 僕があと数年、この世に早く生まれてきて、僕があと数年、早くあなたに出会っていたのなら、僕は優葉の隣で笑うことができたのだろうか? 何度考えても「if」の物語。 いつまでも熱が冷めることのない記憶を思い出し、目を閉じる。 今、僕を支えているあの日。 優葉を腕に抱いて眠った、一晩の夢。 夢から覚めぬよう、僕は優葉の手を握る手に力をこめる。 離さないように、離れないように、今この時は。 6 |
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