第4章


 期待に満ちたタミアの目の前で、指先に蝋燭ほどの明かりが点り、ポフンと消えた。
「ああっ、なんで……!」
「お前、へったくそだなー。イメージを作るのも下手クソだし、できた魔法を扱うのも下手クソだ」
「下手下手って言わないでよ! まだ初心者なんだから仕方ないでしょ」
「素質はあるけどアレだな、不器用ってヤツだな。こりゃ一人前になんのは時間かかるぜ」
 ザクッと、見えない刃が刺さった。
「人の自覚してる欠点を突っ込むの、やめない……?」
「自覚までしてンなら慰めたってしょーがねえだろ。ほらあれ、教えたろ。ばらばらの力を、こう、ひとつにまとめるイメージをしろって」
 結構痛かったという主張を込めて心臓を擦ったのだが、ログズはろくに取り合わず、こう、と胸の前で両手を向き合わせている。見えない力を、圧縮するようなイメージなのだろうか。タミアはもう一度、焚火に手を翳した。
「……だめだわ」
 先ほどと同じ、凍えるイメージに加えて、ジンの力をひとつに纏めて放出するという意識もしてみたが。結果は同じ、小さな煙が上がっただけに終わった。
 頭を抱えたくなる。昔から、何をやっても人並み以上に時間がかかるのだ。料理も読み書きも計算も、できるようになってしまえば優秀なほうなのだが、要領が悪く、こつを掴むまでに何度も挫折しそうになる。
 諦めたくなってからが本番だ。
 タミアはいつも言い聞かせてきた言葉で自分を奮い立たせて、もう一度、と手を翳した。
「ばらばらの力を、ひとつに」
「そうそう」
「……あっ。また消えちゃった」
「……」
「待って、今度こそ。……ああ、だめだわ。ごめん、もう本当に火が弱ってるわね」
 何度も失敗を繰り返しているうちに、焚火はいつのまにか、半分くらいの大きさになってしまっていた。これでは本当に凍えてしまう。
 焦燥感に追い立てられながら、タミアはより集中力を高めるために目を閉じた。翳した手のひらに、弱々しい温かさが感じられる。
 どうかお願い、と乞う気持ちでジンに語りかけたとき、さく、と砂を踏む気配が、すぐ近くで動いた。
「え、なに……っ」
「いいから振り返んな、集中してろ」
 ログズが真後ろに座り込んだのだ。存外に真面目な声色に、思わず従ってしまう。左の肩に手が置かれ、もうひとつの手が背中に触れた。
 心臓のちょうど裏側だ。タミアは無意識に、丸まっていた背中を伸ばした。
「魔法使いがみんなこうやってるってわけじゃねえが、俺がいつも使ってるイメージを教えてやる。いいか? 心が、心臓にあるとして」
 とん、と人差し指が背中を叩く。
「お前の声がここから、髪や手足を通じて外へ出ていく。ジンたちがそれを拾って、集まってくる」
 翳した手の指先に、鳥がとまるように指が触れた。
「髪の一本、指の一本、思い思いの場所にくる。ジンが力を置いていく場所は、一ヶ所じゃない」
「……うん」
「想像しろ、声が外に出たってことは、道があるってことだ。髪も指も足も、お前の体にあるものは全部、心臓に繋がる道を持ってる。今吸った息にも、睫毛にも、もしかしたらジンが力を与えたかもしれない。すべてが道を通って心臓に帰る」
 髪、睫毛、指、肌、呼吸。あらゆる部分が、心臓と外を繋ぐ道を持っているのを思い浮かべる。無数の光の糸が、体の中を巡っているように。
 タミアはふいに、自分の体が外の空気と調和しているような感覚をおぼえた。風が吹き込み、吹き抜けていくようだ。同時に、手のひらに覚えのある熱が点り始める。
 ログズの手が、今だと合図するように、背中を叩いた。
「心臓から指まで、ドーン! とな」
 それは例えるならば、体の中で一度生んだ魔法を、外に押し出すような。自分の中を、自分の力ではない大きな何かが駆け抜けていく。そんな感覚だった。
 はっと目を開いたときには、タミアの指先に火が灯り、焚火へ向かって一直線にほとばしっていた。薪を呑みこんで、太陽のように明るく燃え上がる。
 煌々と昇ったオレンジの火はタミアの頭を越え、消えかけていた焚火とひとつになって、やがて肩の高さほどに落ち着き、ぱちぱちと爆ぜた。
「たいへんよくできました」
「わ、なに……っ」
「いやいや、ホントにな。上出来、上出来」
 呆然としていたタミアの頭が、がしがしと撫でまわされる。三つ編みのゆるむ感触に振りほどこうとした手は、思いのほか嬉しそうな声に驚いて、宙をさまよっただけに終わった。
 焚火は何度見ても、明るく燃えている。一人だったら、できなかったことだ。じわりと実感が込み上げてきて、タミアはあの、と口を開いた。


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