第3章


 がり、とログズがナッツを噛みつぶす。ハートールがごくりと、唾を飲み込んだ。
「お前の父親は何らかのヘマをして、ジンに逃げられた可能性が高い。ジンを封じるのが邪道だって言われんのは、逃げられたときが厄介だからだ。自分より弱いはずの人間に、狭いトコロに閉じ込められて、奴隷みたいにこき使われて、どーなるか想像つくだろ?」
「……怒る」
「そうだよ。封じられたジンは、何かのきっかけで逃げ出すと、まず主だったヤツを徹底的に困らせる。お前の父親、今頃浮浪者みたいになってるかもしんねーぜ。で、その血縁者であるお前のことも、ウサ晴らしにこうやって困らせる。結構高いジン買ったんだろうな。強いジンは、狙った人間に化けられる」
「そういうことだったのか……! じゃあ、つまり」
 口を挟んだのは副団長だった。それまで扉の傍で黙していた彼が、いきなり発した声が地下に響き渡る。彼は全員の注目を受けて、はっとしたように口を噤んだ。
 ログズが「そうだ」と頷いて、彼とハートールを見比べる。
「俺が殴られた相手や旅の魔法使いの荷物を奪った相手は、こいつに化けた、こいつの父親が使役してたジンだ」
「どうりで、我々が総出で探しても見つからないわけだ」
「だろうな。ジンなら姿も消せるし、別の人間になることだってできる。現に俺にも化けて出たみてえだしな」
「しかし、君は関係ないんじゃないか? ログズ。ハートールの父親と君に何の因果がある」
「見境がなくなってンだよ。息子を困らせてもまだ気が晴れなくて、手当たり次第に魔法使いに復讐して回ってんだろ」
 封印から解かれたジンは始め、主だった人間やその近親者に報復を試みる。そこまでで終わる場合も多いが、中には終わらない者も存在する。
 ジンは根本的に、人間よりも気高い。手荒く使役され、尊厳を傷つけられ続けた場合には、主だった人間の周辺を荒らすだけでは怒りが収まらないこともある。持て余した怒りの矛先は、魔法使いに向けられる。才能による使役にせよ、封印による使役にせよ、自分たちを操り、力を己のもののように振る舞う魔法使いたちを憎み、無差別に復讐をするようになるのだ。
 魔法使いたちの言葉では、それを「悪性のジン」と呼ぶ。
 一度悪性に堕ちたジンは、元には戻せない。もう一度封印されるか、倒されるまで、魔法使いを憎み続ける。
 本を奪われた旅人も、杖を奪われたログズも、どちらも魔法使いだ。タミアが襲われたのも、魔法の練習をしていたときだった。
 ポケットから金の腕輪を取り出して、ログズが口を開く。
「多分だけどな、今回のジンが化けられるのは、体だけだ。声と服装、この二つがごまかせてない」
「子供のような声、か」
「そう、それと服も盗んで身につけなきゃ化けられねぇんだろう。だから俺に目をつけたとき、服やアクセサリーもごっそり持ってったんだろうな」
 ひどい災難に遭った。そう言いたげに、ログズはため息を吐き出した。どちらかというと、本当に災難だったのは私ではないだろうか――言いかけた言葉を、今は野暮か、とタミアは喉の奥に押し戻す。
 副団長は納得したように、ふむと頷いた。ハートールが捕まった日、バザールの服屋で数件の窃盗が起きている。いずれも彼の体格に合いそうな、たっぷりとした仕立ての服だ。
「ログズ、君の予想が正しければ、彼は無罪」
 副団長の言葉に、ハートールが希望に満ちた顔を上げた。
「しかし、我々の敵は人間ではないということになる。この〈月の盾〉のメンバーは、ほとんどが人間だ。最善は尽くすが、ジンとの戦いに向いているとは言い難い」
「ああ、んなことは分かってる」
 ぐいと、ログズはタミアの肩を引き寄せて、自信ありげに笑った。
「目には目を歯には歯を、魔法には魔法を――ってな。杖取り返すついでだ。タフリールの平和のために、いっちょ片づけてきてやるよ」
「話が早くて助かる。我々も討伐隊を組んではみるが、先に倒したら、証拠に灰を持ってきてくれ」
「おう」
「ジン討伐となれば、賊探しとは桁を変えないとな。報奨金は十万ガルムだ」
「じゅ……っ!」
 思い切りのいい数字に、タミアの目が飛び出しそうになる。
 反応を想定していたように、ログズはにやりと唇を吊り上げて背中を叩いた。
「サクッと倒してやるぜ。コイツが」
「ええ、サクッと……えっ!?」
「おお、頼もしいな! タミア、君も魔法使いなのか」
 女の子なのに勇ましいな、と副団長は感心したように頷いている。いやいやいやそうだけどそうじゃないというか、全然そうじゃないというか、と慌てふためくタミアの耳元で、ログズがそろりと囁いた。


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