第3章


「魔法使いは一般的に、才能がなきゃなれない。でもそれは、表向きの話だ」
 うつむきかけていくハートールを追うように、ログズは淡々と語りかけた。
「実際は、誰でもなれる方法がある。大昔から存在してて、邪道だ邪道だと言われながらも、犯罪にはならずに陰でコソコソ使われ続けてる方法が」
 ただ見つめていると、彼と一緒になってハートールを追いつめてしまいそうで、タミアはナッツに手を伸ばした。クルミの香ばしさと、蜜の甘さが口に広がる。こんな薄暗い地下だというのに、品のいい、優しい味がした。
「ランプ、指輪、本――なんでもいい。手軽に持ち歩けるものに、ジンを封じ込めて、使役する方法だ。こいつを使えば、火も水も風も自由自在とはいかねえが、封じたジンの持ってる能力に関しては、自由に扱えるようになる」
「……」
「ただし。ジンを封じるなんてことができるのは、相当な経験とアタマがあって、なおかつ命知らずな魔法使いだけだ。封じようとしてるなんて、ジンに悟られたら殺されちまうからな。だからこの方法は、はっきり言ってメチャメチャ金がかかる。できるヤツってのは、……よっぽどの金持ちだけだ」
 なあ、と。同意を求めるように、ログズは笑った。傾げた首元で、ちゃちな鍍金の首飾りが音を鳴らす。ハートールのぷっくりと節が埋もれた指には、そんな首飾りが百個は買えそうな指輪が嵌められていた。
 でも、そこにジンは封じられていないはずだ。もしもハートールが魔法使いだとすれば、最初から、こんな簡素な牢に大人しく捕まったりするはずがない。
 観念したように、ハートールのため息が聞こえた。
「……ボクのパパが、魔法使いだよ」
「ハートールさん」
「ログズ、だっけ? キミの言うとおりの、ジンをお金で買った魔法使いだ」
 心配になって声をかけたタミアに一度、視線を向け、ハートールはログズに向き直って微笑んだ。それは自分の言っていることの、愚かさや恥ずかしさを十分に理解している人の、諦めを含んだ苦い微笑みだった。
「やっぱそうか」
「キミみたいな本物の魔法使いからしたら、とんだまがい物だよね。パパはジンを財産にしているなんて誇らしいことだっていうけど、ママは間違いだって嘆いてるし、ボクも、ジンは人間の身の丈に合わない財産だと思ってる。パパには言えないけど」
 ハートールはゆるりと、親しい人間の前でするように脚を崩した。それは彼なりの、知っていることをすべて話すという意思の表明だった。
「なんでそんなモン、買ったんだ」
「キミにはきっと分からないよ」
「あ?」
「パパは若くして東国との貿易商人として成功して、自分よりずっと年上の召使に傅かれて、誰もが羨む美人だったママを奥さんにもらった。絢爛豪華な家に住んで、絹と宝石を身につけて、隊商宿を建てて過酷な貿易に出ることを引退した」
「羨ましい限りの暮らしじゃねェか」
「そうだね、人もお金も、パパにとっては何もかも自由だ。でも、だからこそ――手に入らないものが、輝いて見えたんじゃないかな」
 柔らかな指と指を祈るように組んで、ハートールはタミアたちに、理解を促すように首を傾げた。
 稀代の貿易商が、自分の力では手に入れることができなかったもの。即ちそれは、魔法だ。自然の中にあるものを自由に扱う、摩訶不思議なジンの力。人の身でありながらそれを借り受けて、自由自在に操る魔法使いこそが、月の都の富と名声を欲しいままにしてきた彼の、最後に目指したものだった。
「三ヶ月くらい前だ。隊商宿をボクに譲って、パパは旅に出た。火のジンを封じた指輪をひとつして、魔法の力で、ガダブ砂漠を旅してみたいって言って」
「その後、知らせはちゃんと届いてるか?」
「西方のラフターン・オアシスに着いたって手紙はもらったよ。一ヶ月くらい前だったかな。それきり音沙汰がなくて、最近ちょっと心配してたんだけど……どうして?」
 ハートールは穏やかな顔に、悪い予感を悟ったような不安を滲ませて訊いた。タミアは思わず、ログズの横顔を見上げた。彼は膝の上で頬杖をついて、しばらく何かを考え込んでいたようだったが、やがて静かに口を開いた。
「ラフターンに、使いを送れよ。運がよければ一文無しになってそこで生き延びてるだろうし、悪かったらお前みたいに無実の罪で捕まってるだろうから、どっちにしろ金をできるだけ持ってってやれ」
「え……、え、何の話?」
「ジンってのは復讐が好きだからな。死んで楽にさせるより、困らせてやるのが常套手段だ。いいか、落ち着いて聞けよ」


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