7 魔女ベレット


「北端ってあなた、まさかそこからここまで歩いてきたの?」
「まあ、そうね。三ヶ月くらい前から、ちょっとずつ」
「汽車に乗ればよかったじゃない。北の岬からコートドールって、私もずいぶん遠くから来たつもりだったけれど、それより遠いわよ」
「しょうがないじゃない、汽車なんて乗ったことなかったんだもの。ノルってねえ、あんたが思ってるよりだいぶ寂れたところなの。汽車の乗り方なんて知らないし、村を出たときは旅っていったら歩いていくもんだと思ってたんだから――」
 間髪入れずに言い返してから、ベレットはわずかに赤くなった。ノルから旅に出た、ということは、彼女はそのノルという村の生まれなのだろう。服装や言葉に田舎の出身を感じる部分が一つもなかったので、てっきりこの近隣から来たのだろうと思っていた。
 呆気に取られたユーティアに、とにかく、と咳払いをしてベレットは続ける。
「途中で汽車を見たけど、どうやって乗るのかややこしかったから、予定通り歩いてやろうと思ったのよ。もう半ばまでは来てたし、歩いていけばそのうち着くことには変わりないでしょ」
「それはそうだけど……大変だったでしょう。ずっと一人旅でここまで?」
「そうよ。地図持って、行商ついでに道を教えてもらって」
「行商?」
「だって、野宿続きで臭くなるのは嫌だったんだもの。宿代を稼ぐために、薬や薬草なんかを売ってね」
 コンポートをテーブルに置いたユーティアが、え、と顔を上げる。ベレットは海のように青い目をにっと細めて、足元の大きな鞄を開けた。
「私も魔女なの」
 中には、布に包まれた鍋と紙で包んだたくさんの植物、瓶に入った薬や種や、すりつぶした根の粉末などが山のように入っていた。その片隅に、厚みのある本が見える。
「薬草魔女よ、あんたと一緒。ノルでは薬屋をやってたわ」
「驚いた……、どうして最初から言ってくれなかったのよ」
「あまり調合とかできるように見えないって、よく言われるんだもの。下手に私も魔女なのよ、なんて言ったら、ただ怪しまれて追い出されるんじゃないかと思ったから」
 大ぶりに切った桃を口に運んで、ベレットは鞄を閉めた。あまり細かく見たわけではないが、間違いなく薬草魔女の荷物だ。同じ仕事をしているからこそ、ユーティアには見覚えのある材料がいくつもあり、信じるも何も疑う余地を感じなかった。
 確かに、葉を砕いたり種を潰したり、そうして粉を混ぜているような細かい仕事を好んでするタイプには見えない。だが、ユーティアはリビングに上がる前のベレットの行動から、彼女が言動ほどがさつな性格ではないことを見抜いていた。むしろ神経を使う仕事は、得意なほうかもしれない。
「信じるの」
「ええ」
「お人よしってよく言われない? あんた」
「時々よ」
 銀色のフォークの先で、柔らかな桃を切る。やけに大きな鞄を持った人だ、と思っていたので、中身を見せてもらえて安心した。
 ソリエスを自分以外の魔女が訪ねてきたのは、初めてだ。もしかしたら来ているのかもしれないが、自ら魔女だと教えてくれた人はこれまでにいない。コートドールで初めてできた魔女の知り合いが、同じ薬草魔女であることに、ユーティアはわずかながら親しみを湧かせた。
「これも何かの縁でしょ」
「そうかもしれないわね」
「ね? ということで」
 そんなユーティアの心情を、知ってか知らずか。コンポートを食べ終えたベレットは、ことさらに明るい口調で言った。
「一晩、泊めてくれない?」
「ええっ?」
「いいじゃない、ほら。だって、外みてよ」
 いくらなんでもそれは、と反射的に断りかけたユーティアだったが、ベレットが指さす先を見て後に続く言葉を失ってしまった。店のドアから見える路地は、霧がかかったように白く煙っている。大雨だ。
「こんな天気じゃ、どこも宿はいっぱいになってるわよ、きっと。ここを出されたら、傘もないし宿もないし、大事な荷物はあっというまに水浸し」
「……ベレット」
「ああ、私もせっかく体が温まってきたけど、今度こそ冷え切って道端で石みたいに動けなくなるんだわ」
 傘をぽたぽた伝う程度だった雨が、いつの間にここまで本降りになっていたのだろう。そういえば屋根を叩く雨音は、ずいぶん強くなっている。彼女と話し込んでいて、すっかり気づくのが遅れた。


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