7 魔女ベレット


「ここ、お店兼あんたの家?」
「そうよ」
「ふうん。店をやってるのもあんたよね? 正面から見たときはもっと小さいかと思ったけど……あ、暖炉があるじゃない!」
 ぐったりしていた体を跳ね起こして、ベレットは部屋の隅を指して目を輝かせた。
「ずっと雨に打たれてたせいで、体が冷えちゃって寒かったのよ。ね、薪入れてくれない?」
「ええ?」
「お願いよ。このままじゃ寒くて震えそうだわ」
 両腕で自分の肩を抱いて訴える彼女に、ユーティアは早くも二度目のため息をついた。
 雨宿りくらいなら、と思って入れたが、遠慮というものがないのだろうか。第一、寒いのはベレットだけだ。確かにもう暑くはないが、肌寒いというほどの季節にはまだなっていない。
「悪いけれど、今年はまだ薪を用意してないの」
「ええ……」
「残念そうな声を出しても無駄よ。本当なんだもの」
 カップをソーサーへ下ろして、ユーティアははっきりと答えた。例年、冬はできる限り暖かい恰好をして過ごし、薪を買うのは毎朝、裏庭に霜が降りるくらい冷え込んでからだ。秋のうちから火を灯すことなど、考えたことがない。
 唇を尖らせながらも、ベレットは案外あっさりと「そう」と引き下がった。思いのほか萎れてしまった彼女を見て、強く言い過ぎただろうかと少し戸惑う。ベレットがよく喋るもので、ついペースに呑まれて、日頃より物言いがきつくなった。
 ユーティアは気まずい空気を振り払うようにキッチンを見て、そうだと鍋に目を留めた。
「ベレット」
「なに」
「薪は入れてあげられないけれど、昼食の残りでよければニンジンのスープがあるわ。温めましょうか」
 カップの小さな波ばかり見つめていた眸が、ぱあっと明るくなった。少し待ってて、と席を立ち、鍋の中に充分残っているスープを火にかける。
 秋から冬はほとんど毎日、昼に多めのスープを作る。夕食にそれを食べたり、寒いときには眠る前に少量を口にしたりもする。雪の降るような時期になると、どうしてもお茶だけでは体を温めきれないときがあるのだ。日記を書く指先が氷のように冷たくて、暖炉のない二階で吐く息は煙のように白くなる。そういうときには、スープがいい。
「はい」
「いただきまあす」
 簡素な白い皿に入ったオレンジのスープを、ベレットはスプーンにこぼれそうなほど掬って口に運んだ。熱くなりすぎない程度に温めたスープは、冷まさなくても舌を火傷せず、冷えた体に入れば格別に温かい。
「美味しい!」
 歓声を上げるように言われると、悪い気はしない。それはよかった、と答えてから、ユーティアは思わずくすりと笑みをこぼした。
 疲れただの寒いだのと文句を言っていたのが嘘のように、ベレットは夢中でスープ皿と向かい合っている。彼女は、素直な人のようだ。次から次へと表情が変わって、騒がしいことに違いはないが、スープ一杯でこうも喜んでもらえると何だかこちらも嬉しい。
「こんなに美味しいスープ、久しぶりに飲んだわ……もう、コートドールに来てから本当にくたくただったのよ。適当な宿に泊まったら食事は出ないし、ベッドは硬いしお風呂はないし」
「そうだったの」
「聞いてくれる? あのね、夕食は一階をご利用くださいっていうからそこで出るもんだと思ったら、ちっぽけな酒場があるだけだったのよ! しかも、値段が微妙に高いの。昨日も一日歩きっぱなしだったから、他を探す気力もなくて、仕方なくそこで食べたんだけど……思い出してもしょっぱいだけのあんな料理であの値段、腹が立つわ……」
「た、大変だったのね」
「もう、これだから首都なんて面倒だったのよ。確かにコートドールでは安宿だったかもしれないけど、あの値段で素泊まりなんてぼったくりにも程があるわ」
 思い出して怒りながら、ベレットは「ごちそうさま!」と綺麗に完食された皿を返した。スプーンについたスープまで、曇り一つないほど完璧に平らげられている。どうやらよほど、まともな食事にありつけていなかったらしい。
 この際だから夕食くらい作ろうかしら、と考えながら、ユーティアはひとまず、戸棚の上から桃のコンポートを二人分出した。
「そんなに歩き通しで、一体どこから来たの」
「ノルよ」
「ノル?」
「アルシエの北のはじっこ。岬になってる部分の、ちょっと下におりた辺りにある村」
 矢をつがえて引き絞った弓のような、南北にやや張り出したダイヤ型の、アルシエの地形を思い起こす。ユーティアは思わず、驚いてベレットを振り返った。


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