6 触れる秘密


 その質問は、答えられるものだ。
「多分、長い時間がかかるわ」
「そうなんだ」
「生きている限り、続くもの」
 明るいグリーンの、初夏の草木のような緑の眸を丸くして、サボはユーティアを見た。ユーティアはそれ以上答えることはできなかったので、ただ真実だと伝わるように微笑んだ。
 冬の昼間の静かな光が、足元に入ってきて床を照らす。サボがしばらく考えてから、店やリビングを見回して訊ねた。
「ということは、君は今も、この本に従った生活をしているってことだよね?」
「そうよ」
 否定はしない。頷くと、彼はユーティアとリビング、ユーティアと店の様子、ユーティアとキッチンなどを次々に見比べた。特別なものや共通点など、目につく何かを探しているようだ。
 だが、店内にあるものはどれも例年とそれほど変わらない、普通の品物であるし、キッチンやリビングにも薬草が置いてあったり瓶が並んでいたりする以外、目に入るものはないだろう。どれもこの家を見慣れた彼にとっては、特に真新しいものではあるまい。
 ユーティアはさまよっている視線を受け流して、キッシュを食べた。
「だめだ。まったく分からない」
 降参のポーズで苦笑して、サボが悔しげに首を振る。グリモアを受け取って、ユーティアも「そうね」と答えた。
 今の生活が、グリモアのために選んだ道であることは本当だ。だが、これがグリモアを達成する道に直通しているかと言われれば、必ずしもそうとは言い切れない。
「まあいいや。いつか教えてね」
 冗談半分、本気を半分といった調子で、サボは言った。暗くならない話の切り上げ方をしてくれたことに、ほっと力が抜けて、笑みがこぼれる。
「そうね、いつか。……いつか、ね」
 綻んだ唇から、自然と言葉が出ていってから、ユーティアは手元へ視線を落とすように目を逸らした。うん、とサボは笑う。彼はそれきり、グリモアについて聞き出そうとはせず、キッシュの感想と他愛無い話を織り交ぜて続けた。
 かすかに痛む胸を押さえて、ユーティアもまたいつもと変わらない調子に戻っていく。テーブルの端に置いたグリモアの、透き通る背中の石に、サボの動かすフォークがゆらゆらと映り込んでいた。

 恋人になってほしいんだ、と彼が口にしたのは、翌年の春のことだった。
 驚きと、その後から花の開くような喜びが溢れてきて、ユーティアはもちろんとその告白を受け入れた。初めてできた恋人は、自分から思いを告げにきたくせに、ユーティアが応えると真っ赤になって呆然と立ち尽くした。
 可愛い、という感情に不思議な高揚感を足したものが、胸に満ちる。愛しい、というのだと誰に教わったわけでもないのに知った。
 血の繋がらない誰かを好きになるということが、こんなにも幸福な感情だったとは。サボに出会うまで、ずっと知らずにいた。
 喜びも感謝も、たくさんの思いを噛み締めて抱き合う。純度の高い蜂蜜のような、透明で淀みのない幸せであった。


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