6 触れる秘密


 サボとはこれまでも色々な話をしてきたが、多くは互いの故郷のことや庭の植物のこと、新しい商品のことなどで、ユーティア自身のグリモアについて聞かれたことは初めてだった。
 ない、と答えてしまうと、アルシエでは魔女を騙ったことに対する罪がある。訝しむような目をしたサボに、ユーティアは努めて明るく答えた。
「もちろん、あるわ。でもごめんなさい。私、中はまだ誰にも見せないって決めているの」
「え、どうして?」
「……すごく特別なものだから、かしら。コートドールに来たことが、グリモアのためだって言ったのは嘘じゃないけれど、全部でもない」
「ふうん?」
「今はまだ、誰にも教えたことはないの。……それこそ、母にも」
 数年前に父を亡くしたことは、何度か話に上がっている。母も知らないということは、本当に、両親さえもユーティアのグリモアを開いたことはないということだ。
 サボは初めこそ、そんなまさか、というようにユーティアの目を見たが、次第にそれが嘘や冗談ではなさそうだと分かってきたらしい。ふいに真面目な面持ちで、そうだったんだ、と頷いた。
「なんだか、悪いことを聞いたかな。ごめん」
「そんな、謝らないでよ。別に、魔女が全員グリモアを秘密にしてるってわけじゃないわ。私がたまたま、少し……こだわっているだけで」
 殊勝に謝られてしまうと、申し訳ない気持ちが募った。サボは思いのほか、自分の質問を失態だったと思っているようで、ユーティアと目を合わせず、気まずそうにキッシュを口に運ぶ。いつもより噛んで、味わうことをせず、彼はただ困惑を押し込めるように黙々と食事を続けた。それはやり場のない気持ちを、延々と飲み下しているようにも見える食べ方だった。
 なんだよそれ、と怒ったり、呆れたりされなかったことに安堵する。反面、ユーティアは自分がなぜこんな優しい人にまで秘密を保とうとしているのか、分からなくなりそうだった。店の裏庭の鍵を預けるほど信用しているくせに、肝心なときに、聞かれたことに答えることができない。
 多分、彼からしてみたら、信用されているのかただ便利に使われているだけなのか、疑わしく思ってしまうことだろう。サボのことはいい人だと思っている。だが、それとグリモアとは、ユーティアの中でまったくかけ離れた場所にある、別の問題だった。
 自分の矛盾がもどかしく、歯がゆい。せめて好意が嘘ではないことだけでも伝わらないものかと、ユーティアはフォークを持った手をぎゅっと握って、思い切って口を開いた。
「外側、だけなら」
「何?」
「外見だけでよかったら、隠すものでもないし、持ってくるわ。見て、楽しいかどうかは分からないけれど……」
「え、でも」
「外は何も、隠していないの。昔は学校にも持っていっていたし、お客さんにも時々、見たいって言う方はいるから。だから、平気よ」
 誘うように明るく言って、フォークを置いて立ち上がる。サボは戸惑った顔をしたが、ユーティアの精一杯の気持ちが伝わったらしい。
 本当にいいのなら、と目尻を和らげた彼に、ユーティアは足早に屋根裏へ上がって、部屋へ飛び込んだ。机の上で日記帳と並んで静かに立っているグリモアを取り、狭い階段を手摺に掴まって軽やかに下りる。
 サボには思わずああ言ってしまったが、今まで家族やごく幼いころの友達、メアリー以外の人の手に、グリモアを渡したことはない。見せたことは何度かある。だが、そのお客さんというのも、マルタやリコットのような気心の知れた人だけだ。
「お待たせ」
「わ、本当に厚いな」
 誰彼かまわず、見せびらかすものではない。ユーティアは常にそう思ってきたが、サボにはあまり迷わず、グリモアを手渡した。なぜだか、彼にはそうしたいと思えた。
 金属の装飾の施された表紙を、自分でも久しぶりに触った気がする。サボは受け取って、嘘みたいに軽いねと驚いて、落とさないようしっかりと膝に抱えて、金の縁取りや背表紙の石を一つずつ確かめた。
 ユーティアはその間、まるで自分が値踏みされているような落ち着かない心地になって、テーブルの下で足を組んではやめ、上では口に運ぶわけでもなくキッシュを小さく切った。心臓が忙しなく動いている。
 グリモアは正反対に、サボの手の中で落ち着き払っていた。開く気配はなく、ユーティアの手でなければ中身を知ることはできない。いつも通りの、そんな態度だった。どきどきしているのは、持ち主であるユーティアだけだった。
 端から端まで一通り眺めて、サボはううんと感心のような、納得のような声と共に、顔を上げた。
「これがグリモア……運命の書、かあ」
「ええ」
「一つだけ聞いてもいい?」
「答えられるものなら」
「君の使命は、比較的早く達成されるもの? それとも、長い時間がかかるもの?」
 長い時間、という言葉の前で、彼は一度詰まった。彼が、人生をかけるようなものなのかと問いたいのだということが、何となく分かった。


- 24 -


[*前] | [次#]
栞を挟む

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -