6 触れる秘密


 夏の終わりに川向へ越してきたサボは、休日や仕事の帰りによく遊びにくるようになった。
 立ち寄る時間はまちまちだが、お客さんとして、というよりも友人として顔を出す。彼は来るたび、裏庭に出ては、小さな作業を手伝いたがった。夕方の水遣りであったり、オリーブの根元に肥料をまくことであったり、バラの葉に虫がついていないか確かめることであったり。
 ユーティアも初めは必ず一緒に出ていたが、次第にサボの植物の扱い方を信用して、ちょっとした仕事を任せるようになっていった。彼は丁寧で、言葉の大らかさのわりに几帳面なところがあり、意外に神経質でもある。ユーティアが信用したのは、サボのそういう生真面目な部分だった。
 裏庭にあるのはどれも、ユーティアが長い時間をかけて大切に育てた草木だ。触る手が無遠慮であったり、がさつであったりしたら、いくら友人でも気になって見ていられない。
「どうだった、一年ぶりの故郷は」
 そして、冬。ユーティアはサロワへの帰郷のあいだ、サボに裏庭の世話を頼んだ。例年であれば短期の家政婦を雇って面倒を見てもらっているのだが、帰省することを知ったサボが、その役を買って出てくれたのである。
 彼は今となっては、ユーティアの次にこのソリエスの庭をよく知っている人だ。植物の並び方も、水道の位置や温室の箒の場所も、今さら紙に書いて残していくまでもなく彼は知っている。
 お礼にお土産をたくさん買ってくるから、という約束で申し出に甘えて、ユーティアは直接裏庭に入れる鍵をサボに預け、二週間の休みをとってサロワへ帰った。昨日の夜の汽車で、コートドールへ戻ってきたばかりである。
「おかげさまで、ゆっくりしたわ。母も元気だったし、久しぶりに実家の様子が見られて、何だか私もほっとした」
「そうか、それはよかった」
「本当にありがとうね。二週間って、結構長かったでしょう? 朝は寒いし、あなただって仕事があるから、やっぱり大変だったんじゃないかって途中で心配したんだけれど」
「平気だよ。僕はほら、薬を作れるわけじゃないから、本当にただ枯らさないように霜をどかしたり水をやったりしていただけだし。家も近いからね」
 ジンジャーティーを注いだカップに蜂蜜を垂らして、サボは笑う。土産の一つにと買ってきたシナモンクッキーを出して、焼きたてのキッシュを切り分け、ユーティアはありがとうと心から述べた。
 ユーティアが昨日の晩に戻ることを知っていたサボは、仕事が休みの今日、この二週間の天候や庭の様子を伝えにきてくれた。コートドールとサロワでは、天気に違いが出る。大雪が降ったら彼に手間をかけさせてしまうと、それだけは心配していたのだが、幸い安定した晴れの日が多かったようで安心した。
「それにしても、薬草魔女なんていうと、村に残ってくれって引き留められない?」
 底にゆらゆらと層を作った蜂蜜を溶かしながら、サボが訊ねる。キッシュを出して向かいに腰かけ、ちょうど昼食の時間になったことを快く思いながら、ユーティアはぬるくなったジンジャーティーを一口飲んだ。
「まったく言われないとは言えないわね。サロワは病院もないし、土地だけは広いから、薬草畑を作ってこっちに帰ってこいよ、なんて言う人もいるわ。でも、みんなそれほど本気では言わないから」
「そうなんだ?」
「うん、一人いるのよ、魔女が。私の実家からは少し離れていたけれど、小さな村だもの。魔女が二人いる必要は、多分ないと思う」
「もしかして、それでコートドールに?」
「ああ、それは違うのよ。仕事の取り合いになるから、出てきたっていうわけじゃなくて――」
 グリモアのために、と言いかけそうになって、ユーティアは思わず口を噤んだ。神経が手元にいっていて、危うくその先を口にしてしまうところだった。
 だが、魔女がやむを得ず従う事情といえば、一つしかない。サボはユーティアの言いかけたことを、一歩早く察したようだった。手元のキッシュをフォークで切っていた彼は、ユーティアの表情が硬くなったのに気付かず、悪気のない声で訊ねた。
「もしかして、グリモアがそれで――とか?」
「え……、ええ。そうね。そんなところ」
「へえ、そうだったんだ。僕、魔女の知り合いっていなかったから、グリモアって見たことがないんだ。装丁のとても綺麗な本だって聞くけれど、本当?」
「ええ、そうね。魔女によって色や形は変わるけれど、どれも華やかな造りの本だとは聞くわ」
「君のは?」
「え?」
「ユーティアも、魔女なら持っているんだろう? グリモア。真ん中のページしか開けないとか、見た目よりずっと軽いとか聞くけど……よかったら、見せてほしいな」
 率直に訊ねられて、返事を躊躇ってしまった。


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