V.魔界


「高倉真希、職業は高校生だったな。最も軽くするには……善行刑として、刑期は最短にしておこう」
「……犯罪した気分」
「建前だ。君が何もやっていないことは、分かっている」
「拷問しない?」
「私はそういう血生臭いことはしない」
「……へえ」
「苦手なんだ。見ると頭がヒヤッとするだろう」
「……」
 一瞬、高潔な精神の持ち主なのかと思ったがそうではなかった。
 理由はなんであれ、スプラッタな思いをせずに済むのならひとまずは安心だ。ルクの膝の上でさらさらと書かれていく文字を目で追って、当然といえば当然のことながら読めないことに愕然とする。思いっきり、初めてご対面する文字だった。強いて言えばアラビア文字に近い。
 ふと壁を見ると、見覚えのある槍が立てかけられていて驚いた。そういえば、ゼンさんはいつのまにか槍を手にしていない。
 一応は、疑惑が完全に晴れたという証拠だろうか。あるいは、抵抗したところで大した脅威ではなさそうだと判断されただけか。両方か。
「罰って、何すればいいの」
 ぽつりと訊ねると、ルクが顔を上げた。紫の眸を緩く睨む。魔王なら、規則の一つや二つ、大いに破ってくれればいいのに。未知の状況への怯えを八つ当たりに変えた視線だったが、ルクは書き上がったノートを閉じて噛み砕くように答えた。
「どんな罪を犯したとしても、魔界での償いの基本は善行だ」
「ぜんこう?」
「良い行い、だな。真面目に仕事をすることであったり、人に親切にすることであったり、判定は多岐に渡るが」
 思ったより、道徳的な返答に少し驚く。私が瞬きをしていると、ルクは付け加えるように続けた。
「もちろん、罪の大きさによって償いの必要量も変わるから、続ける期間は延びる。中には永遠とも取れる刑期もあるんだ。あとは環境だな。改心の見込みが少ない者は、過酷な環境――魔族が人間を奴隷のように扱っている地域に、放り込むこともある。そういう場所では、良い行いなどなかなかできなくて、結果的に転生が遠ざかる」
「結果的に、っていうけどそれ、最初からそうなるって分かってるんでしょ?」
「そういう者は、地上へ帰しても同じ過ちを繰り返して、来世も堕ちてきたりするからな。引き止めておくのも、魔界の役目だ。魔族たちもそれを分かっているから、ここにいる人間を容赦なく扱う」
「容赦なくって、例えば?」
「それは、……まあ色々だ」
 ふうん? と首を傾げて、まあいいかと納得する。馬車馬のように、寝る間もなく働かされでもするのだろうか。確かにそれは悲惨だ。
「無論、君には最も早く帰れて、可能な限り安全な環境を用意する。しばらくの間、働けば……」
「無罪なのに、働くの?」
「すまないが、それが一番早い方法だ。労働は善行の中でも、圧倒的に高得点が稼げる」
「馬車馬にされない?」
「待遇は悪くないと思うぞ。少なくとも、魔界の中では格段に良い。住み込みなら、君にとって必要不可欠な衣食住も手に入るしな。ああそうだ、生者の君は、魔界でも食事を摂らなければ肉体が弱る。魔界にいる人間の魂はどれほど飢えたとしても死なないが、君は違うから、食事は地上と変わらず摂ったほうがいい」
 指摘されて初めて、そういえばここでは衣食住、どのあてもないのだということを思い出した。家はないのだし知り合いはいないし、バッグには一応財布が入っているけれど、こういう場合に円が通用する可能性は低い。つまり無一文だ。
 選択の余地など、最初から働く以外に、しかも住み込み以外になかった。住み込みでするような仕事となると、一体なんだろう。家政婦くらいしか思いつかないのだが、それは非常にまずい。何といっても私は、家事全般、特に料理が壊滅的にできない。
「あの、ルク」
「ん?」
「ちなみにどこで、私を働かせようと……?」
 斡旋されて、いざ仕事を始めてから、実はできませんでした、なんて言ったら地上だって半殺しくらいにはされかねない。初対面で槍を突きつけてくるあたり、そういったことにはこっちの世界のほうが寛容そうだ。悪い意味で。
 恐る恐る訊ねた私に、ゼンさんへ何かを伝えたルクが振り返って言った。
「少しでも早く、無事に地上へ帰りたければ、この世界で君が働ける場所は一つしかない。――この城の、メイドだ」
「……は……?」
 頭の中に、上野からほど近い秋葉原の駅が浮かんで消える。おかえりなさいませご主人様、と、いつかテレビで特集を組まれていたメイド喫茶の出迎えの様子がおぼろげに浮かび、さあっと血の気が引いたのが分かった。
「マキ?」
 返事がないのを聞こえなかったとでも受け取ったのか、覗き込むように視線を合わせたルクを真っ直ぐに見返す。唇が、引き攣れた弧を描いた。瞬きをした彼に、思わず首を横に振る。
「ねえ、ルク」
「なんだ?」
「その……、一応聞くんだけど、ここの城主って」
「ああ、私だが」
 答えが返ると同時に、私は表情が歪むのを止めることができなかった。
 両目があからさまに「嫌だ」と語ったのが、自分でも分かった。かなり露骨な顔をしたと思うが、考えるより先に出てしまったのだ。仕方ない。


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