八章 -ウェストノールの風-


 東の空は少しずつ、光が射し始めていた。地上がセロファンで覆われたように、真っ白に見える。夜と朝の入れ替わる、その瞬間が訪れようとしているのだ。遠くの海上を見やり、あの海もじきに銀色に光るのだと予感に目を細めた。そのとき、後ろでセネリが小さくあっと声を上げた。
「――見つけた」
 その一言に、鋭い緊張が走る。あそこ、とセネリが指を差した先は、イーストマストと王都の境界線にほど近い、上空一千メートル付近と思われる場所だった。目を凝らすと、本当にわずかながら、そこだけ陽炎のように空気が動いているのが見える。
「思ったより低いな……」
 高さに若干の距離があったためか、向かい風をそれほど強く感じなかったせいで、想定より数千メートルほどカルドーラとの位置が近い。こんなに低く降りてくるものだったろうかと高度を合わせ始めたところで、その進路にあるものに確信がいった。
「神殿に、引き寄せられてる」
 呆然として呟いた声が、風に流されて後ろへゆく。セネリも同じように、驚いた顔をしていた。
 カルドーラは巨大な渦を巻きながら、ゆっくりとした歩みで、一歩一歩着実に王都の東よりの場所を目指している。そこはたった今、テオたちが飛行艇で過ぎ去ってきた、風の神殿の上空だった。徐々に距離が近くなって見えてきた中心部の空気の震えは、少しずつだが高度を下げることを迷っている様子はない。真っ直ぐに、一点を目がけて進んでいくのだ。遥か上空を通過することで有名なカルドーラが、これほど町に近づいた話など、テオは聞いたことがなかった。
「あそこに根がある」
 先に動き出したのはセネリのほうだった。移動を続けるカルドーラに目を凝らし、意識を集中させる。紫苑の眸は竜巻に包まれた風の根を、見間違うことなく的確に捉えた。焦香の髪が身を乗り出した横顔の上で翻り、テオの視界の端にも、その強い視線を垣間見せた。
「見える?」
「うん。このまま東に飛んでいて。飛行艇の速度を借りて、ここから風を作る」
「分かった」
 テオは短く了承の返事をし、カルドーラを見失わないように雲を避けながらの航行に集中した。後ろではセネリがシルクを取り出し、準備を始めた音がする。だが、その瞬間に突き抜けるような風が吹き、今まさに飛ばされないようにと手首に結びつけられようとしていたシルクは、大きな鳥のように風を孕んで暴れた。待って、とセネリの手が宙を掻く。テオはレバーを思い切って下ろすと、後ろに座ったセネリへ聞こえるように叫んだ。


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