].星の宿り木


 「……頑張る。こういうときって、どう頑張ったらいいのかな」
 「私も分からない。……でも」
 「ん?」
 「一ヶ月前の今日は、またこんなふうに一緒に話して、トウミツ祭のお誘いなんかして、そんなふうにはもう二度となれないのかもしれないって思っていたのに。そう思うと、頑張っても頑張れなくても、そんなことは些細な問題だって思えるくらい、幸せね」
 風が、どこからともなく吹き抜ける。真っ直ぐに見ていた眸が息を呑んで見開かれるから、ふいに恥ずかしくなってその出所を探すように遠くの空を見上げた。ああいっそ、今からでも違う話を振ろうか。沈黙が胸を圧してそんなことを考えてみても、何も言うことが思いつかず、結局は彼がその静けさを破った。
「……うん」
短い、たった二文字の返事に目を合わせることもできなくなる。けれど微笑ったような気配にただ、もう一度降りた沈黙を持て余しかけたとき、彼がふと気づいたように声を上げた。
 「そうだ、マリア。そういえば」
 「何?」
 「あのときの“決定的なもの”って、結局何だったの?」
 「え?……あっ」
 あのとき、と言われて咄嗟にいつのことか分からなかった。何の話だと思ったのだが、けれどもすぐに合点がいった。一ヶ月前の今日、ジルを物語の中から助け出したときのことだ。たくさんのことを書いたのにどれも“疑わない”という条件に届くことができなくて、一度はもう駄目だと思った。けれど、最後の最後で書き足したもの。加えたのはたった一文で、それが条件を満たしたことは間違いない。分かっているのだが、それを思い出したとき、マリアはかあっと頬が熱くなって慌てて下を向いた。
「……マリア?」
「……」
「黙られると、気になるんだけど」
どうした、と。覗き込もうとする眼差しを手のひらで遮る。あのときは、必死だったのだ。形振り構わなくて、どんなことだって書けたしどんなことだって言えた。同じ台詞を天窓に向けて叫べと言われたって、それで状況が変わるならいくらでもできただろう。けれど。
「……内緒」
「え?」
「内緒よ、秘密。いつか教えるけど、今は秘密」
「え、どうして」
「どうしても」
頭の中に、最後の一文を再生して首を横に振る。マリアは伸ばされたジルの手に捕まるまいと立ち上がって、悪戯っぽく笑った。緑の匂いのする空気が、ふわりと動き出す。真後ろの壁にある小さな穴を通って、長い尾を揺らしながらノアがやってきた。ここは、星の天井の真上。中二階にあるドアから繋がる、高い壁に表通りから隠された、秘密の屋根の上だ。


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