].星の宿り木


 彼が物語に閉じ込められた出来事から、今日でちょうど一ヶ月。マリアはあの日から、ジルと一緒に物語の世界と現実の世界を渡る生活を送っている。
 あの日、マリアはジルに、自分が今後物語の世界について行ってもいいかと訊ねた。ジルは言葉も出ないほど驚いて、同時にそれは望んだからといってできるものではないのだと語ったが、マリアには思い当たる方法が一つだけあった。
 それは、彼がこちらの世界に帰ってきた原理と同じものを利用するのだ。つまり、マリアは自分自身を登場人物のように書き出すことで、彼のいる物語の世界とこちらを行き来できるのではないかと考えたのである。“マリアという少女がいて、星読師の力はないがジルという星読師と同じ世界へ行きたいと願っている。彼女は彼の創った空想の中へ入り込み、そこで彼と物語の中を歩き、二人で扉を使って一緒に帰ってくる。”―――マリアは自分の願いを疑わなかった。そのことが天球儀に認識され、後半に記された帰還の方法についてもそれが“マリアという登場人物の真実”として受け入れられたのである。一か八かの賭けに近いことだったが、それは結果として成功を収め、頑なに来るなと強がっていたジルの目に可能性というものを突きつけたことで、マリアはようやく彼の口から本心を聞き出すことができた。
 ずっと、こんな奇跡が起こることを待っていた、と。同じ世界で同じ時間を生きてくれる誰かが現れて、一人きりだった孤独な時間は、二人の秘密に変わる。そんな望みを、もう何度捨てても捨てきれずに、ずっと抱えていたのだと。
 マリアが全くの新しい方法でこの行き来に成功し、仕事への同行者となったことについて、ジルはそれを天文協会へ報告した。正式な研究を重ねてこの方法が確立されれば、今までどんな物語の中へでも一人で行かなくてはならないと思われていた、星読師の常識を覆すことができるかもしれない。そしてそのために研究を進めてもらえれば、この行き来がマリアにとって本当に危険を伴わないものであるのか、それも確認ができるだろう。
 カリヨンの街には事の調査のために、天文協会の制服に身を包んだ王都の人間が現れ、それが寂れた青果店の娘を探して商店街を歩き回ったために、一時大混乱に陥った。だが、それは奇しくも街中にジルの星読師という職業を広める結果となり、彼についての認識は“得体の知れない魔術師”から“何をやっているのかはよく分からないが頭の良さそうな人”という、何とも曖昧で多少の見当違いはあるものの、これまでの印象が嘘のように一掃されるきっかけとなったのである。割れた天窓の修理を彼らが手伝ってくれた折、アークの店内が初めて街の人々の目に晒されたというのも大きかっただろう。
 ジルは初め、その変化に王都へいた頃の心境を思い出して葛藤しているようだったが、マリアの存在があることで次第にそれも落ち着いていった。これからは何人の知人ができようと、もう彼らを羨んで生活する必要はないのだ。彼らに彼らの時間が流れているように、マリアとジルには共通した時間が流れていく。例え大多数の人々と同じように生きられなくても、それを時として感じてふと寂しくなっても、隣を見れば一人ではない。マリアはそれを決して口にしなかったが、生まれたときからそうであったかのように自然に寄り添うことで、彼の孤独を少しずつ解き明かしていった。そして時には、自分自身の生活の変化に戸惑うマリアの纏まらない言葉を、ジルが自らの幼い頃の話をすることで反映して、誰にだって慣れる時間は必要なのだから焦ることはないのだと、思い出話を通して紐解いていった。


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