「……んー」 ごろごろ。漫画を読みながら転がる彼女はどこか晴れない表情だった。ここ最近、ずっと悩んでいる様子だ。 「どないしたん」 「…いや、なんでもない」 俺が問えば返ってくるのはお決まりの言葉。なんでもない、と言う以上迂闊に踏み込めなかった。そうして数日が既に経っている。気にならないと言えば嘘なのだがかといって無理に踏み込めず。 「…なあ白石」 「なん?」 「あー、……その、」 そして珍しく歯切れの悪い彼女に首を傾げた。いつもはずばずば(…と言うほどでもないか?)とはっきり言う彼女が、こんなに言いにくそうに視線を泳がせているとは。 「そろそろ、その…」 「?」 「使用人、増やした方が、良い、だろうか、と」 「、」 「思ったの、だ、けど…」 至極言いにくそうにしていた。いやそうじゃない。使用人を増やす、とはどういう風の吹き回しなのだろうか。確かに二人で住むには少し広いこの屋敷に、というかそもそも何故俺と彼女しかいないのかが疑問だったし、確かに使用人が俺だけというのは最初は疲労が大きかった。加えて彼女の吸血鬼云々の事情も絡んで精神的な疲労も大きかった。だけど今じゃ全部慣れているし、大体吸血鬼という事情を知りつつもこの屋敷で働いてくれる輩などそう居ないんじゃ。というかそもそも今までそんなこと、一度も。 「なんで、また」 「え、と……」 「……俺?」 「、」 「俺なんや」 「いや、あの!白石はよく働いてくれてるし、白石を選んでくれた渡邉にも感謝している!ただ、……」 「ただ?」 「…、今更と思うだろうしわたし自身気づくのが遅かったと思っているが、わたしは、わたしはきみを縛り付けている」 「………、」 「仕事がない時間は自由にして良いとは言ったが、でもそれでもきみは満足に友人と会えないし長期間の外出もできない」 軟禁しているようなものだ。と申し訳なさそうに彼女は項垂れた。確かに、そうだ。屋敷のこと、彼女のこと全てを俺が管理しているに等しい。金銭が絡むことは彼女も関わるが、それでも俺は一日のほとんどを仕事に費やしている。外出も必要なものを買いに行くか、彼女が外出したいと言ったときだし、その時も自分に関することは"ついで"の用事でしかない。なにも、間違ったことはない。そして最初の頃はどうしてこんなに休暇がないのかと苦痛に思ったりもした。だけど、今は。 「わたしは、もう少しきみへの束縛を緩めるべき、じゃないかと、思って…」 「お嬢様」 「なん、だ」 「気持ちはありがたいねんけど、吸血鬼である事実を受け止め、秘密にしていられる人間はそう居らんで」 「え、?」 「ましてやお嬢様は金持ちや。その財産を狙っとる奴が使用人として来てしまったらどないすんねん」 「し、白石…」 「秘密どころか脅迫に使われんで」 「そう、だけど…」 「そうなっても俺は使用人である以上迂闊に手を出せへんし、第一吸血鬼という事実が人間にどれほどの影響を与えるかもわからへんねや」 「…それ、は、白石は使用人を増やさなくて、いいってこと、なのか?」 「もちろんや。自分が楽になることとお嬢様を危険から守ることと、使用人としてどっちを選ぶなんて分かりきっとるやろ」 「そう、だが…」 彼女が浮かべていたのは困惑と戸惑い。そして俺もまた少しではあるが戸惑っていた。きっと彼女も驚いている、俺がこんなに捲し立てたことに。俺自身、自分がこんなにもマシンガントークのごとく話すなんて思いもよらなかったくらい。だけど本心なことに間違いはなかった。それに。 「不便がないわけやないけど、少なくともお嬢様が居るから退屈はしてへん。それだけでええよ」 「、」 「制限があるって言うても外出は出来るし、報酬かてちゃんと貰えるし」 「………」 「それに、」 いつの間にか、この生活が気に入っていた。二人だけの、この生活が。それを簡単に他者に掻き回されたくは無いのだ。 「…白石?」 「俺は結構満足しとるよ、この生活も」 「え」 100%ではないが、でも確かに満足している。だから、今はこのままで良いのだ。そんな思いを乗せて笑いかければ彼女もまた柔らかく笑った。 世界でたったふたりぼっち |