「白石」 不意にそう呼ばれる。今は夕食も終え、お互いに寛いでいた。返事をすれば客を迎える準備は出来ているか、と問われた。 「……客?」 「ああ、客だ」 「誰や」 「財前のとこの次男坊」 「そらまたなんで」 「いや、なんかいろいろ落ち着いたみたいだから今のうちにと思って誘ったんだ」 財前のとこの次男坊。とは財前光のことである。数少ない彼女の友人。つまり、彼女と同族…吸血鬼、である。とは言え彼の兄は人間の血の方が濃いらしい。要するに吸血鬼としてのパラメーターは彼の方が高いということだ。それでもお嬢様には劣るらしい。いや、本人曰く彼女と対等もしくはそれ以上のステータスを持つ存在を彼女自身聞いたことがないのだとか。一体この少女はそっちの世界ではどういう存在なのやら。 「いつ来る予定なん」 「財前の都合のいいとき」 「…またかい」 「良いだろう、どうせわたしもきみも屋敷にいるんだから」 「お嬢様は職務放棄しとるだけやけどな」 「否定するべき箇所もないな」 「当たり前やろ」 はははっと軽快に笑う。まあなにもしてないわけではないのだが。誰が"いつ"来るか分からないのも今日初めてのことでもないから驚くことではない。全く俺もかなりこの日常になれてしまっている、と実感した。当たり前だが最初は登校拒否をしていることや今回みたいな彼女の友人が突然訪ねてくるという事実に頭を抱えていた。それが今じゃ週に幾度か彼女の勉強を見ている(実際、彼女自身毎日自習しているようだ)し、いつ彼女の友人が来ても大丈夫なように紅茶や茶菓子のストックは常に切らさないように気を付けているし、毎日掃除もしている。彼女の悪癖ともとれる行動の数々に既に順応してしまった。我ながら順応性が高いと思う。 「…なあ白石」 「ん?」 「白石も、友人は居るだろう?」 「そら俺も人間やし」 「…ごめん、な」 唐突に、謝られた。それはおどけたものなんかじゃなくて、罪悪感を含んだ真面目な表情で。何に、なんて少し考えてからすぐにわかった。ああ、俺がまともに友達と会わないからこの人は。 「別にええよ」 「だが、……」 「あっちもみんな分かっとるし」 「、」 「そら会えへんけど、連絡はちゃんと取っとるしそこまで寂しいわけやない」 「そう、か…」 「まあ言うとらんかったけど約束せんでも会うことになるやろう奴は居るし」 「え、?」 「金持ちの友達が居んねん、家継ぐみたいやからそのうち会うんちゃうかな」 それは予想外だったらしく、彼女は鳩が豆鉄砲でも食らったような顔をしてそうか、と呟いた。そして続けてそれならもう少しパーティーにも出るようにしようかと気まずそうに呟いた。俺が思っていたよりも大きい罪悪感を彼女は抱いていたようだ。 「無理せんでええよ」 「だが、」 「お嬢様に無理させてまで友達に会いたい、なんや思わへんよ」 「………、」 「気持ちだけで、俺は十分や」 俺のその言葉に、お嬢様は再度悪いなと謝った。 胸がぎゅっと縮んだ気がした |