Gardenia | ナノ



「お嬢様、夕食の時間です」


ノックを数回、そのあとに聞こえたなんとも気の抜けた返事を受けて扉を開ける。目に入るのはベッドに寝転がる、なんともラフな格好をした少女。いつもなら風になびく栗色の長い髪は適当に一つに結われていて、彼女が着ているのはデパートにでも売っていそうな庶民でも手の出せる動きやすい紺でデザインはそれなりに良いジャージ。口にくわえているのは数十円で手に入る飴の残骸とも言える白の細い棒。そして俺を見る整った顔立ちはどこか外国のもののようで、それを強く思わせる瞳の空色。そして。


「メニューは?わたしの好物だと嬉しいのだけど」


と言いながら見せたのは人の首筋に穿つための人一倍鋭い、歯。それが、俺の仕えるお嬢様の外見、だ。


「お嬢様はなんでもお好きでしょう」

「ふはっ、まあそうなんだけどさ」

「昼食の時は中華が食べたいと仰っていたので海老のチリソースにしましたが」

「本当か!!それは早く食べないと!」

「喜んでいただけたようで良かったです」


ぺっ、と器用にごみ箱へくわえていたそれを吐き捨てると嬉しそうにベッドから降りては俺の手を引いて部屋からそそくさと出る。そして思い出したように足を止めては俺を見た。


「…何度目か分からないけどさ」

「はい」

「いい加減敬語はやめてほしいのだけど」

「ですが何度も申し上げたように」

「わたしときみだけなんだ、…だから、さ」

「…ほな、お言葉に甘えて」

「うん、第一甘えられる機会なんてそうないんだし」

「なら今度からは素直にそうさせてもらうわ」


満足そうに笑っては彼女は階段をぱたぱたとかけ降りて広間へ向かった。それほどまでに早く夕食のにありつきたいらしい。辛いものも甘いものも(とは言えやはり後者の方が好きらしいが)好きな彼女だ、今日のメニューに喜ばないわけがない。


「いただきまーす!」


にこにこ。至極嬉しそうに俺の作ったそれを食べるお嬢様はこういう時が一番、年相応だと感じられる。


「やっぱり白石の料理は美味いな」

「そらおおきに」

「他で出されるものより、何より美味しい」


ふわ、と柔らかい笑みを浮かべながら俺を見る。素直にお礼を言えばそれはわたしの台詞だと小さく笑った。


「白石には色々感謝してる、」

「………」

「だけどさ?」

「、」


笑みから一転、鋭い眼差しを真剣な顔つきでこちらに向けられる。かちゃりといつの間にか全て食べられていた何もない皿にそれを置く。そしてああ、やっぱり分かっていたかと冷静に思った。


「絆創膏程度でわたしは、わたしたちは誤魔化せないって、分かってるだろう?」

「……堪忍」

「まだ血が出ている」

「…、………どうぞ」

「ん」


言いながらぺたぺたと近づいてきた彼女に負傷したそこを見せる。数分前の年相応な笑顔ではない、大人びた笑みを浮かべると傷口に口をつけた。


「…っ、」

「……、………」


大した音もなく、ただ続けられるそれ。でも確かに血が吸われているのだと分かる。そうしてどれくらいだろう。長くも短くも感じられる時間がたったあと、これで良いかな、と最後にそこを舐めてはまた大人びた笑みを浮かべた。そしてぺたぺたとまた自分の席へと戻る。満足したのだろう、にこにこと笑顔で居る。


「ごちそうさま!」

「…ごちそうさま」


にこにこ、と笑顔を絶やさずに座っている。今日は一段と機嫌が良いらしい。なによりだ、と思いながら食器を洗っていく。


「白石、明日はなんかあったか?」

「…学校があるけど、どうせ行かないんやろ」

「まだギムキョウイクっていうのだから行かなくてもなにも問題はないんだろう?」

「なにもない、っちゅーのは語弊やで」

「勉強をしてないわけではないし、高校に入学したあとはリュウネンとやらをしない程度に行くつもりだ」

「………」

「なんだ?友人が居ないわけでも勉強してないわけでもない、他に問題があるのか?」


そう。このお嬢様、太陽は天敵だからなどと言っては学校に行くのを拒み続けている。そしてどこで知識を入れたのか義務教育だから一応は学校を卒業できるとまで言い、遂には高校までは一度も行かないなどと言い出した。勉強してないわけではないと言うがそれは俺が勉強をみてやっているからのことだしその友人と言うのも彼女と同族のもので純粋な人間の友達など一人もいない。…まあ、このことに関しては一度言い合い(とは言うが実際彼女は文字通り牙を向いた)をして引き分けに終わっているから今更またその言い合いを、なんてのはこっちから願い下げである。そういうわけで彼女は太陽が顔を出している日は必ず室内でなにかをしている。


「…で、なんかあるん?」

「雨だとラジオで聞いた」

「買いたいもの、あるんやったら俺が買うてくるけど」

「白石にわたしの好みの漫画が分かるとは思えない」

「…漫画」

「あと最後の幻想のシリーズもまだ制覇してないから、買いたいんだ」

「ほんまどっから金が出てくるんやこの家は」

「滞納してる給食費」

「滞納しとらんわ」

「きみが無駄遣いとは」

「金持ちのくせにって後ろ指指されんで」

「む、それは確かに苛立つ」


…そういうわけで明日は彼女と買い物になりそうだ。






浮き世









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