dream | ナノ
「ブンちゃん」
「お?なんだよぃ」
「雅治は何処行ったの」
「逃げたままぜぃ」
「…お昼には帰って来いって言ったのに」
只今正午過ぎ。バレンタインにも関わらず練習は今日もあって、しかも昼を跨ぐくらいの時間だから女の子達の群れは現れは消えて現れは消えての繰り返し。その群れから逃げたい気持ちは分かるけど流石にお昼休みにご飯を食べないと満足いくプレイは出来ないとあたしは思う(部内の練習試合とはいえ手を抜くのは宜しくないだろうし)。っていうことで現在(練習じゃなくて女の子の群れから)逃亡中の雅治にお昼には何が何でも戻ってくるように言ったんだけど帰ってきません。さっきもブンちゃんに聞く前に柳生を始めレギュラーには一通り聞いたんだけどみんな首を横に振って心当たりを探してみたけど分からない、って言った。柳生や柳でさえも見当つかないってどういうことなんだろ、それほどみんなが予測つかないところに隠れてるわけなの?
「ユイちゃん、ちょっといい?」
「、え」
何処に行ったんだろうと頭をフル回転させて考えている所に声をかけてきたのは雅治と同じ銀色の髪を長く伸ばした綺麗な女の人。はてさてどちら様?あたしが首を傾げるとその人は人が少ない所にあたしを引っ張っていく。
「え?あ、あの?」
「あ、そっか写真では見たけど一応初対面なのよね」
「は、はい?」
「アタシ、雅治の姉貴」
「お、お姉さん…!?」
予想もしなかったカミングアウトに驚くとお姉さんはくすくす笑ってはいこれ、と小さい紙袋を差し出した。
「?」
「雅治の忘れ物。渡しておいてくれる?」
「忘れ物?」
「馬鹿よね、今日持っていかなきゃいけんって真面目な顔して言ってたくせに玄関に忘れて行っちゃってんの」
「は、はぁ…」
「それじゃアタシこれからバイトだからまたねユイちゃん」
「あ、はい」
お姉さんは忘れ物をあたしに渡すとすたすたとバイトに行ってしまった。残されたあたしの手にある小さな紙袋。今日持っていかなきゃいけないようなものってなんなんだろ、少しくらいなら見てもばれないかなー、なんて小さい紙袋を開けようとするとひょいとそれはあたしの手から持ち主の元へ。
「あ、」
「何勝手に見ようとしとるんじゃ」
「だって今日持ってこなきゃだめなようなものって何か気になるじゃん?」
「気になるのは分かるがプレゼントを貰う前に開けてどうする」
「は?プレゼント?」
雅治が?誰に?プレゼントすんの?っていうかなんでバレンタインにプレゼント?誰かの誕生日だっけ、あれ、でもうちの学校じゃないよね。
「百面相するんじゃなか」
「えー、だってわかんないんだもん」
「……はぁ」
「なんでため息!?」
「阿呆じゃと思っての。お前さんに向かって貰う前に開けてどうするって言ってるきに」
「…じゃあこれ、あたしに?」
それ以外に誰が居るんじゃ。雅治は頬を赤く染めてそっぽ向きながらもあたしにそう言った。バレンタインに雅治からプレゼント…!?
「…なんじゃ」
「あ、いや、雅治からバレンタインにプレゼント貰えるなんて思ってもみなくて…」
「バレンタインは逆チョコが欲しいって口癖のように言っとったのはどこのどいつじゃ」
………はい?本気にしてたの雅治?いや、確かに逆チョコが欲しいって最初の方は言ってたけど、それは奏恵に口癖のように言ってたら仁王くんに逆チョコ貰えるかもね?なんて自分がそうやってみたら本当に逆チョコを貰えたっていう自慢にちょっとムッとしたから馬鹿の一つ覚えみたいに言ってたわけであって。確かに貰えたら良いな、なんて少しは期待してみたりしたけど、それが現実になるなんて予想してなかったからあたしもチョコ作ってきたんだけど。
「あー、生憎俺はお前さんほど料理が得意じゃないから期待はせん方がよか」
「ぜ、全然良いよ!雅治の気持ちが凄い嬉しいから!」
そう言うとそうかと安心したようにホッと微笑む雅治。あたしどんだけ幸せ者なんだろうって優越感に浸ってたら雅治とあたしの間にはたくさんの女の子。みんな泣きそうなくらい悔しがっている。
「ちょっと!今日くらいアタシたちの仁王くんで居させてくれても良いじゃない!」
「これ見よがしに目の前でいちゃつかないでよ!」
そう言っている間にあたしと雅治はずるずると離されていく。何、何、なんなの…!あたし雅治から逆チョコ貰って超幸せだったのに一気に打ち壊されたじゃん…!
「バレンタインだからこそいちゃつかせてよ!」
「あんたはいつでもいちゃつけるじゃない!アタシたちは今日くらいしか時間が無いの!」
「時間があるも何もあたしと雅治はデキてるんだけど!チョコを贈り合うくれるくらい愛し合っちゃってるし!」
「ユイ、大声で言うんじゃなか。俺が照れるナリ」
雅治が頬を赤く染める。それを見た女の子たちからいろんな声が飛び交うんだけど雅治はあたしの彼氏だし!その顔はあたしに向けられたものなんだから勘違いしないでほしいんだけど!そんな思いで女の子たちを押し退けて雅治に抱きつくと雅治はよしよしと宥めるように頭を優しく撫でてくれた。
「そういうわけじゃけん、ユイも俺も愛し合い過ぎてみんなのアイドルになっとる暇は無いぜよ」
「に、にお…」
「気持ちは有難いがお前さんたちも叶う恋をしんしゃい」
雅治はそう言って笑ったけど目は笑ってなくて女の子たちに何かを忠告しているような目をしていた。それに何かを感じたのか女の子たちは足早に去っていく。雅治はそれを横目で確認して部室へあたしを連れ込んだ。
「…で、ユイからのチョコは?」
「え、えっとね、…はいコレ!」
「、開けてみてよか?」
雅治から貰ったチョコよりは幾らか大きいその箱を受け取って(表情はあまり変化ないけど)少しだけわくわくしているような目でそれを見た。あたしが頷けば雅治は嬉しそうに箱を開けてきょとんと目を丸くした。
「…え、あれ?嫌だった?」
「………嬉し過ぎる、ぜよ」
雅治は珍しく顔をほんのりじゃなくパッと見ただけでわかるくらい赤く染めた。たまに調理実習とかでお菓子をあげるから一工夫したいなって考えた結果、あたし自身も照れくさいんだけどハート型のチョコを作ってみた。ホワイトのチョコペンで何か書こうかなと思ったけど何を書けば良いか最後まで悩んで何も書かないことにしたけど。
「…喜んでもらえたなら良いかな」
「ほんに愛し愛されじゃの」
「それが一番良いんじゃん」
「それもそうじゃな」
愛を囁き合って
(今日はそういう日だから)
(このままユイも食べてしまいたいのぅ)(…え?)(じゃけん今食べたら後が面倒じゃきキスで我慢しようかの)(っちょ、んん!)