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「抵抗しないんやな」


なにも感情が見えない顔で、あたしに馬乗りになっている彼は言った。


「財前くんだし」

「なん、俺のこと好きなん?」

「好きとか知らん」

「は」

「イケメンやし、別にセックスになんとも思わんし」

「へぇ」

「やから性欲処理でもなんでもすればええやん」

「随分テキトーやな」

「…なんかもう、疲れてん。生きるの」


そう、疲れたのだ。両親はどうして結婚したのかと聞きたくなるほどに仲が悪い。その二人の子供であるあたしは毎日毎日どちらかに八つ当たりされては暴力を振るわれたり物を投げつけられたり罵倒されたり、所謂虐待っていうのを受け続けてきた。それでも相談やらの類いはなにもしなかった。来る日も来る日も虐待ではあったけど、それでもたまに、ほんのたまに機嫌が良いときはいつもはストレス発散の道具でしかないあたしに、…優しくしてくれたのだ。母親はお菓子を作ってくれたりしたし、父親はあたしが欲しがりそうなものを買ってきてはあたしを喜ばせてくれた。家族3
人で笑うことはなかったけど、それでも幸せはあった、……幼いうちは。だけど中学に入ってからは、そんな些細な幸せすらも消えた。母親はすぐにヒステリックを起こすようになったし、父親は度々浮気したり酒癖が悪くなった。あたしはそんな二人に気に障らない程度に生活してる。ずっと気を張ってる。学校じゃ陰湿ないじめとか、あいつに逆らったら終わりだとか、面倒臭いことに巻き込まれないように気を張ってる。幸いあたしは今の今まで普通に暮らしてた。でも普通に暮らすための代償は、あたしには苦しすぎた。唯一、放課後の誰もいない教室だけが、あたしの休憩時間だった、のだ。


「あんた、いっつも死んだ目しとるよな」


不意に、そう言われた。そりゃこんな生活してたら、と思ったけどなにも言わなかった。財前光。唯一、2年でレギュラーを取ったテニス部員。頭も良いしルックスも良い。才色兼備な彼はもちろんモテる。のだから、無駄に関わりを増やすわけにはいかない。面倒臭いことに巻き込まれないようにしてきたこれまでの生活が全部ぶち壊されてしまう。これ以上疲れるのはごめんだ。


「どうでもええやん。それよりヤるならさっさとヤってや。あたしかて暇やないし」

「ハッ、冗談に決まっとるやろ」

「は?」

「ただあんたに興味があっただけや」

「あたしは興味あらへん」

「俺と関わると面倒やから、やろ」

「せや。やからさっさと避けて。こんなん見られたら面倒や」


あたしは女で彼は男。当然力ずくで避けるなんてことはできないから、そう言った。のに、あろうことか彼はあたしに顔を近づけてきたのだ。


「な、なん」

「あんた、結構かわええな」

「はぁ?眼科行った方がええんちゃう?」

「…フッ」

「なに笑っとんの」

「あんた、俺と付き合わん?」

「ほんまに病院行った方がええわ」


いきなりどうしたのだ。あたしのことを可愛い、だなんて本当にどうかしている。ましてやあたしと付き合おう?こいつは何を考えているんだ。あたしは普通に暮らしたいのだ。これまでだって誰の気も損ねないようにと過ごしてきたのに、クラスメイトである彼だって多少なりとも知っているであろうに。


「返事は?」

「面倒臭いから嫌や」

「なら、絶対落としたるわ」


どうしたことか。彼はあたしの唇に自分のそれを重ねるとニッとクールに笑ってドアの方へいく。もちろんあたしにはなにがなんだか訳がわからなくて。


「ほなまた明日な、ユイ」


久々に赤の他人から呼ばれた自分の名前に、どくんと胸が高鳴った。





(ユイ)(馴れ馴れしい)(周りには手ぇ出さんように釘刺した)(そりゃどう……も?)(やから覚悟しとき)(嘘やろ……)(ま、これで学校では過ごしやすくなったやろ)(なんでそないなこと…)(秘密や)







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