dream | ナノ
「あ、あのー…はじめくん?」
「……」
どこかで蝉が元気よく鳴いているのをBGMに私は身動きがとれずにいた。暑さのピークが過ぎたのと、静かに働いている扇風機のおかげで暑苦しいとは思わない。ただいつまでたっても触れられるのはどきどきするなあ、と静かに私を抱きしめている愛しい彼を視界にとらえながら思う。変な話、そんなに付き合いが浅いわけでもなければこれ以上進んだことがないわけでもない。
「……はあ」
それでも分からないものは分からない。一体全体これはどういうことなのか。今日はいつもの皆との約束も特になく、久し振りに二人きりでゆっくり過ごせることになったのだ。言ってしまえばそれだけの話。はじめくん繋がりで仲良くなった男子バレー部の皆とはオフでも一緒に遊ぶ仲で、はじめくんはそれを咎めることもなく寛大に受け入れてくれている。だから今さら嫉妬の類いをはじめくんが持つことはない……と憶測に過ぎないそれが実は間違いで本当はすごい嫌な思いをさせていたりして。はたまたクラスメイトの男子と楽しく話しているのが気にさわったのかもしれない。無言で私を抱きしめたまま何度目かのため息が出たところで最初は頭になかった私がやらかした可能性を考え始めたが、はじめくんは引き摺らないですぐに言うタイプだから違うというところに結局は行き着いて、私は考えることをやめてはじめくんをそっと抱きしめ返した。
「ユイ」
「うん?」
「…………、いや、なんでもない」
「ん?」
「……はあ」
ぎゅう、と少しだけ力が強くなって私は戸惑う。何か言いたげだ。そこまでは分かったがそれ以上が分からない。私に対して怒りや不満を抱えているわけではないはず、それはさっきぐるぐる考えて結論が出た。そうするとじゃあ、一体はじめくんは何を言いにくそうにしているのだろう。ぐるぐると再び思考が忙しく動き始める。いろいろな可能性を考えては今までの日々に基づいて次々と排除されていく。思い付く限りの可能性が全て消えたところで、私は呼び掛けた。
「はじめくん、はじめくん」
「ん」
「何かあったの?」
「……いや…」
「あったんだよね」
「あった、つーか……」
「聞きたいな」
「……」
体勢は変えずに、そのまま問い掛ける。本当は顔をきちんと見て話したいけど、今のはじめくんはそうしたくないような、そんな気がしたから我慢。そこから何秒、何分待ったかわからないけどはじめくんは何度か口を開いては閉じ、そしてまた少し力を強めて、それから私の肩に顔を埋めた。
「…聞かないほうがよかったかな」
「いや、なんつーか、その、」
「私にとって悪いことだから言いにくい?」
「それは、………違う、と思いたい」
「別れ話とか浮気とかじゃない?」
「そんなことするかボケ」
「じゃあ私にとって悪いことじゃないね」
「………」
「無理には聞かないつもりだけど、気になっちゃうの。ごめんね」
はじめくんのくせっ毛な頭を撫でる。とりあえず最悪の話ではないことが分かったからもうこれ以上の追求はやめておこう。そう思う私とは裏腹にはじめくんがぽつぽつと話を始める。
「ユイが、」
「うん」
「…自分でも引くくらい、なんつーか、その」
「うん」
「………すき、すぎて」
「え」
「俺だけ見てほしくなるし、俺のことだけ考えてほしくなるし、俺しか知らないユイがもっと見たくなるし、ユイのことすぐ欲しくなるし、最近まじで、やばくて、………」
顔が熱くなるのが、鼓動が早まるのが自分でも分かる。私たちは好き同士で付き合っているから、はじめくんが私のことを多少なりとも恋愛的な意味で好いてくれているのは分かっている。分かっているけど、分かっていなかったらしい。これが思春期の男の子だよ☆とはじめくんの幼馴染みあたりは言いそうだなと不意に思ってしまった。
「あの、はじめくん…」
「…まじで、わりぃ」
「っ、」
そこでようやく向き合ったはじめくんは顔を赤らめてて、男の子の目をしてて、その目に捉えられた私はどくんと心臓を大きく鳴らし、そしてはじめくんにされるがままに押し倒された。こういう雰囲気はこれが初めてじゃない。それでも私は頭が真っ白になってそれ以上の言葉を紡ぐことも出来ず、ただはじめくんを呼ぶことしか出来なかった。
「頼むから、あんま、煽んな」
「へっ?!」
「がっつきたくねーのに、止まんなくなるから」
ぎゅ、と私の横にあるはじめくんの手に力が籠もるのが見えた。視線をはじめくんに戻すと、どこか辛そうにも見える。ああ、そうか。とそこで気づいた。はじめくんは優しいから、きっと…。
「はじめくん」
「?」
「たまにははじめくんがしたいようにしてほしいな」
「なっ………!」
「辛そうなはじめくんは、見たくないから」
「おまっ、それ、…っ」
「はじめくんが私を好きだって気持ち、受け止めたい」
動揺するはじめくん。葛藤しながら、私を想っていろいろなことを我慢し続けてくれていたのだろう。それだけ大切に想ってくれているんだということだと思うから、純粋に嬉しい。でも、私だってはじめくんのことが大切なのは同じで、だからこそはじめくんのことを出来る限り受け止めたいと、そう思う。
シュガーコートを纏ったふたり
この日からはじめくんは嫉妬心も表に出すようになって、時折みんなから独占欲の塊と文句を言われるようになっていた。
「ねえユイちゃん、大丈夫?俺ですら岩ちゃんがあんな重いって知らなかったんだけど」
「全然重たくないし、はじめくんがそれだけ私のこと考えて我慢してくれたんだなって思ったら嬉しいよ」
「…岩ちゃんの彼女がユイちゃんで良かったよ」