dream | ナノ



「ユイ、好きなヤツ居んの」

「え?どうしたの、はじめちゃん」

「…クラスのヤツに聞かれた」

「…らしくないこと、引き受けたね」

「うるせー」


中学生の頃、珍しく二人で帰ったときにユイに聞いた。それまでそういう類いの話は及川が当事者のものだけだった。でもユイが男子の間で人気があるのは知っていたし、俺もまたユイに心惹かれる一人で、とどうでもいい言い訳を並べつつもやはりらしくないことを聞いたと今でも思う。その時のユイは少しだけ困ったように笑って、誰にも言わないなら教えてあげてもいいよ、なんて言った。聞けなかったなんて言ったときにクラスのヤツらに咎められることを分かっていながら俺はその条件を飲む。俺だけが知っているという優越感にも似たそれを取らずにはいられなかったのだ。ただでさえ幼馴染みというだけで既に周りより一歩前に出ているのにまったく欲張りだ。


「好きな人いるよ。すごくカッコいい人」


俺の心情など知るよしもないユイは照れながら、なぜか悲しみも含んだ笑みを浮かべて答えた。俺もまたユイの心情を知るよしもない。ただ思ってもみなかった言葉にどう答えて良いのか分からなくなって頑張れよと心にもないことを言ってその話題を終えた。


「岩ちゃーん、帰ろー」


それからユイと色恋沙汰の話はしていない。結局その後ユイに彼氏ができたという話は一度としてないままで、あの時の好きな人とはどうなったのかも結局よくわからずじまい。加えて、というべきかユイは次第に俺や及川を名前で呼ばなくなるという前はなかったはずの壁を薄いながらに作っていた。それでも俺はユイへの想いを断ち切ることは出来ないまま、バレー部のマネージャーとなったユイと幼馴染みという特権も使いつつ行動をよく共にする。及川は居たり居なかったり。というのもいつからか及川は俺の気持ちに気づいていて、適度に気を使ってこうして二人の時間を作ってくれているらしい。余計なお世話だと一蹴しつつ、感謝の気持ちがあることもきっと気づいているだろう。…癪にさわるが。


「岩ちゃん聞いてよ、今日及川の告白現場に遭遇した」

「は?」

「超気まずかったんだよね、及川断ってたから余計に」

「災難だったな」

「でしょ?!」


しかも及川と目があった!と眉間に皺を寄せたかと思いきやユイは何か思うことがあったのだろう、ふっとどこか遠くを見るような目をする。その横顔が儚げで俺はなにも言えずに続く言葉を待った。


「……でも、尊敬した」

「なにが」

「私には、出来ないから」

「―――――…」


なんのことを指しているか分かったと同時にどうしようもないほどに悔しくなる。ユイの想いも前進することなくただただその胸のうちに残っているのだ。これだけ俺が近くに居ても、好きで居ても、何者なのか分からない"すごくカッコいい人"の足元にも及ばない。ユイから目をそらして俺は人知れずきゅっと唇を噛む。


「あのさ、」

「…おう」

「らしくないこと、聞いていい?」

「……なんだよ」

「…………好きな人、いるの?」

「…」

「そういえば、聞いてないなあって」


見ればあの頃のように少しだけ困ったように笑うユイ。なぜ、今更そんなことを。素朴な疑問よりその表情の理由が気になって、だけど踏み込む勇気もなく俺は言葉をつまらせる。ごめんね、と更に眉を下げながら謝られた。なんだよ、ごめんね、って。


「ひとりやふたり、居たよね。私だって話さないだけだし」

「…ふたりも居ねえよ」

「え?」

「…ずっと、好きなヤツが居る」

「そ、っか…」


少し思い切って答えてみれば戸惑いが返ってくる。話さないだけだと言ったのはユイの方なのに。こんなにもユイの心情が分からないのは初めてだ。


「……叶うといいね、初恋」

「…たぶん、叶わねーよ」

「え」

「ずっと片思いなの、知ってっから」

「…じゃあ、私たち仲間なんだね」


仲間にならない及川は良いなあ。ぽつりと呟くユイは目線を下に落としていた。


「初恋は叶わないって、やっぱり本当なのかなあ」

「……」

「叶わないなら、さっさとフラれちゃった方がいいかな」

「……告白、すんのか」


俺の問いに答えは返ってこない。ただユイはぴたりと足を止め、俺もつられて足を止めてユイの様子をうかがう。本当は告白なんかしなくていい、と思う。だってその"すごくカッコいい人"がもしユイの告白を受け入れてしまったら、と俺にとっての最悪な展開を考えずにはいられない。


「はじめちゃん」

「、」

「好きです、ずっと前から」


だがしかし、俺の憂慮など、瞬時に吹き飛んでしまった。さっきまでよく見えなかったユイの表情は苦しみに耐えるようで、目も少しだけ潤んでいる。かと思いきやへらっと力なく笑って、俺は本能的にまずいとその手を掴んでこの場から逃げることを許さない。案の定、ユイは俺の方を見ることもなくゆるゆると首を横に振った。かつての俺がそうだったように、いまのユイもまた勘違いをしている。勝手にその想いを終わらせてなるものか。


「返事なんていらないよ、ちゃんと区切りつけるから」

「ユイ、」

「だから、今は逃げさせてよ、はじめちゃん、」

「誰が断ったんだよ、ボケ」

「……え?」

「勝手に決めんじゃねえ」

「や、でも、」

「俺だってずっとユイのことが好きだ」


俺がそこまで言うと、ようやく顔をあげた。目を丸くして呆けているその顔は幼馴染みなのに初めて見る表情だった。目を何度も瞬かせ、俺に掴まれていない方の手でむにっと自らの頬をぐっとつねっては擦って。そして改めて俺を見る。


「初恋、なのに、」

「100%叶わねーって言われたのか」

「え、いや、そんなことは…」

「大体いま叶ったからいいだろ、初恋だって」

「〜〜〜っ」

「叶うもんは叶うんだよ、」


ぐい、と少し力を入れてその腕を引けば容易く俺の胸におさまるユイ。まだ夢かと疑っているのかおそるおそるといった様子で俺の背に手を回すから、現実だぞという意味を込めてしっかりと抱き締めてやった。









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