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社会人





『マッキー助けて!』


いつもの居酒屋だから!と俺の返信も待たずに一方的に追記されて思わずため息をついた。時計はだいぶ遅い時間を指している。俺は明日も仕事があるからと断ったのに結局こうなるのかとなんだかんだで支度を進める自分に呆れる。明日の俺は今の俺を相当恨みながら仕事をする羽目になるだろう。そう思って近所の行き慣れた居酒屋へ向かった。


「あ!きた!ほらユイ、マッキー来たよ!」


扉をくぐれば店員にああ!といった顔をされ、及川たちの席を教えてもらった。偶然にもそれぞれの家から近いこの居酒屋は俺も及川たちもよく利用するため、いつからか常連客の仲間入りを果たしてしまっていた。まあ居心地が良いから仕方ないか、と思いながら足を進めると四人席に座っている及川とユイの姿。他当たるって言ってたのに結局ふたりかよ。心のなかでツッコむと及川が俺に気づいてユイに必死に声をかける辺りに嫌な予感を覚える。当のユイは俺に背を向ける形で席に座っているから表情こそ見えないものの返したハア?という言葉が女らしさの欠片もない。それでこそユイだけど。


「はにゃまきは明日も仕事だって言ってたじゃん!」

「それが来てくれてるんだって」

「ここ入ってから呼んでないのに来るわけないし!とおる酔っぱらって幻覚見えてんでしょ!でしょ!?」

「酔っぱらいはユイデショ」


なんで俺の名前だけ噛んでんの、ちょっと可愛いんだけど。口角が上がらないようにしつつユイを小突くとデショー?!と鳴き声のように声をあげてようやく俺の方を向いた。そして俺を見ると目を丸くして呆けている。顔が赤くなってるのを見ると相当飲んでるな、と冷静な俺に対してユイは口をぱくぱくさせて言葉を失っている。


「と、とおる、酔っぱらいはわたしだ」

「うん、どう見てもユイのほうが酔ってるから」

「ちがくて、幻覚が、うわあ、やだあ」

「やだあってわざわざ来たのに失礼じゃね?」

「??!!!じつぶつ!!」

「ハイハイ、実物実物」


わあああああ!と目を輝かせるユイ。なにもしてないのに来たというだけで大歓迎と言わんばかりの目を向けられると、相手が酔っているとしても嬉しくなってしまう。それにしても今日はやたらとハイな方向に酔ってんな。


「ユイのために俺が呼んだんだけど!」

「本物のはにゃまきだ!やばい!」

「また噛んでるし」

「なんで!なんで!仕事あるのに!優男か!嬉しい!」

「テンション振り切れてんな」

「だってとおるの顔見飽きた!」

「ユイひどくない?!」

「とおるだってわたし見飽きたでしょ!」

「そうだけどそれとこれと別じゃない?!」

「は?!別じゃないし!その端正な顔に傷作ってほしいのか!」

「ハイハイ落ち着いてユイ、ここ出禁になるよ」

「うぅ……」


俺だけ立ちっぱなしもなんだからユイの横に座って、今にもテーブル越しに飛び付きそうなユイを宥めるように頭を優しく撫でれば眉間にシワを寄せながらも大人しくなった。今日は全体的にテンションが3割増らしい。及川が手に負えなくなってくるのもなんとなく分かる。しかしなんだ、俺はユイの彼氏じゃないし及川たちと仕事のスケジュールも多少はズレてくるわけだから近所だからと言ってこんな気軽に呼ばれても困る。ま、そうは言っても結局ユイの顔見たさに来る俺も俺でどうしようもないけど。するとユイがまっきぃ〜と裾を軽く引っ張ってきた。地味に心臓に悪い。


「今日泊めて」

「は?」

「ひとりで帰れる気がしない…」

「ああもう!だから何回も言ったのに!」

「え、なに、ユイそんなに飲んでんの」

「吐かないよ」

「フラグやめろ」

「…マッキー、今日のユイはすっごい飛ばしてたからね」

「嘘だろ…」


話しながらも服を掴んだままのユイはうつらうつらと眠そうに目を細めている。これは本当に眠たいらしい。とは言え明日俺は仕事だし、なにより及川も一緒ならともかくユイだけ連れて帰るっていうのもどうなんだって話なわけで。


「まっきーのおうちにいく」

「及川ん家行けよ」

「…バレたら及川くんとそういう関係なのって言われる」

「そもそも男の家に行く時点で勘繰られるだろ」

「噂になるならまっきーとの方がいい」

「、」


わたしととおるは幼馴染みなだけなのに!女社会めんどくさい!俺の気持ちなどよそに荒々しくグラスを置きながらユイが口を尖らせる。そう、このふたりは幼馴染みで、大学こそ違ったものの今は同じ会社に勤めている。切っても切れない縁とはまさにこの事なのかとふたりの就職先を聞いたときは本当に驚いた。住むところもそれぞれに探していたはずが結局ご近所さんになってしまい(俺も知らずに決めたらご近所さんになってしまったが)今では休みの前はどちらからとも言わずここで飲むのが習慣になりつつある、ということらしい。ちなみにふたりの幼馴染みである岩泉もそう遠くないところに今は住んでいるが進路としては大学から別々になっている。だからというべきか、たぶん俺の方に度々声が掛かるのだと思う。


「ほんとにはにゃまきどうしたら泊めてくれますか…泊まらせろください…」

「半強制的になってきてるけど」

「つか俺の名前噛むのデフォなの」

「明日1日家政婦やるからぁ」

「必死か」

「そもそも二日酔いで無理そう」


その後もユイが引くこともなく、俺の服を離すこともなく、なんなら酒も離さず。どんだけだよ……と思いながらも俺は結局ユイを甘やかす手段をとることになった。俺が承諾することで満足したユイの一言でお開きとなり、及川は全ての会計を済ませながら今度奢るから!と俺に再三謝った。こうなることを見越して呼んだくせに…とも思ったが及川の金で美味い飯と酒が食えるならまあ、と余計な言葉は飲み込んだ。店の前で及川を見送ったあと眠いのかなんなのか立ったまま左右にゆらゆらしている酔っ払いに声をかける。


「ユイ、歩ける?」

「…手を繋いでくれたら歩けるます」

「お前明日起きて叫ぶとかやめろよ」

「覚えてっし!記憶力は衰えないし!」

「理性はそこそこ飛んでんのにな」

「……」


我ながらいくら好きだからといってもユイに甘すぎるんじゃないのかと苦笑いを浮かべつつその手をとってやる。ユイは最初こそ照れを見せたものの俺の言葉を受けて黙ってしまった。なにも地雷は踏んでいないはずなのに、なにかしてしまっただろうかと不安になる。


「記憶もぶっ飛ぶかなあ」

「え」

「ぶっ飛ぶことを願う」

「…やらかすのだけはやめろよ」

「花巻」

「ん?」

「付き合ってください」


俺が嫌な予想をしているのをよそに、ユイは繋いでいる手に力を入れたかと思うと唐突に足を止め、そして真っ直ぐ俺を見据えて告げた。酔っ払ったところでそんな冗談を言うわけがないのは知っている。それでも一瞬俺が酔っ払いに充てられて幻聴をおこしてしまったのかと思ってしまった。そんな気配、今までだって一度となかったのだ。幼馴染みのふたりはともかく俺にも心を許してくれている方だという自負こそあったものの、その自負だってそれほど仲が良くなったからだと違和感なく落ち着いてしまって、まさか同じ想いだとは夢にも思っていなかった。戸惑いさえ覚える俺の返答を待つユイは、断られるのだろうかという不安を少しずつ滲ませていく。それを見て俺の中で途端に悪戯心が顔を出した。


「…どういう意味で?」

「ど、どういうって…」

「冗談だって。…いいよ」

「……え」

「あー…、明日の朝寝ててもいいから」

「待っ、……え?」

「そのぶん夕飯、楽しみにしてる」

「冗談じゃ、ない、よね……?」


不安から解放されたユイだったが俺が平常心を装うもんだから今度は本気なのか冗談なのかと測りかねては戸惑いはじめる。可愛いやつめ、とほくそ笑みながら本気なことを告げると今度は顔を赤らめた。酔っ払いなせいかそれとも素面でもこうなのか、ユイのアルコールが抜けないと分からないけどとにかく愛らしくて仕方ない。気を逸らすように部屋に入って色々片付けたりしてみるもソファにちょこんと座りどこか緊張した面持ちで大人しく水を手にしているユイに、これから恋人という改まった関係になることを再び自覚させられては自分が明日出勤であることとユイがいま酔っ払いであることと、とにかく理性を抑え込む理由を次々と引っ張り出す。それでもこれくらいはいいだろう、とユイのすぐそばに腰かけた。すると俺の葛藤などよそに控えめにすりよってくる。今もかなりギリギリだけど酒飲んでなくてよかった、マジで。


「っあー…、やっぱ仕事休みてえ」

「え?」

「…せっかく付き合えることになったのに、一緒に居られないのツラくない?」

「……」

「…ユイはあんまりベタベタしたくない、みたいな?」

「…鍵」

「へ」

「合鍵、交換、しよ?」

「……、」

「わたし連休だから、その、嫌じゃなかったら荷物取りに帰りたいな…って」


あー、もう。本当に仕事休みたい。


息吹







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