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「如月ー」


授業が終わるなりオサムちゃんにゆるーく呼ばれた。それから放課後来るように言われて、帰る支度を一通り終えてからオサムちゃんに言われた準備室に来るとオサムちゃんが爪楊枝を弄んでいた。相変わらずだなあって言ったらお前も相変わらずやって言われそう、なんて。


「渡邉せんせー」

「おー、待っとったでえ」

「進路相談お願いしまーす」


緩い雰囲気のオサムちゃんに負けず劣らずの緩さでそう言って椅子に座るとオサムちゃんも緩く笑ってプリントを出した。わたしが提出した進路調査の紙だ。


「白紙で出すなんやええ度胸やん、なあ?」

「どうせわたしが白紙で出すの分かってたくせにー」

「適当に1つくらいは書いてくれると信じとったんやけどなあ」

「適当で良いことじゃないでしょー」

「まあそうなんやけどなあ」


そう、列ごとに集めてまとめての提出だったからわたしは白紙のままクラスメイトが真面目に書いたそれに隠すようにして提出したのだ。なかなかリスキーなこととはいえ見るのは担任のオサムちゃんが最初だとわかっていたからこんなことをしたのだ。オサムちゃん相手じゃなきゃしようとも思わない。そしてそれをオサムちゃんも少しくらい想像していたのではなかろうか、と予想する。


「興味のあること、ないんか?」

「オサムちゃんのことしか興味ないって昔から言ってるじゃーん」

「こらこらここ学校やぞ」

「こんなとこ呼び出した時点で本気で注意する気ないの分かってますよーだ」

「はー、ほんまにそういうとこは昔から変わらへんなあ」


呆れたようにがしがし頭をかきながらオサムちゃんはおそらくわたしの成績が書かれているであろう名簿を開いた。


「成績優秀なのに進路調査真っ白って大問題もええとこなんやけど」

「取れるものは取るようにしてますからー」

「そういうとこはちゃっかりしとるもんなあ」

「んー、でもどれだけ頑張ってもやりたいこと見つからなかったなー」

「…一応牽制しとくけど」

「?」

「永久就職希望とか言うつもりやないやろな?」


こんくらいちっこい時に言うとったやろ、と幼少期のわたしの身長を示されながら苦笑いを浮かべられてそこでそんなことを言ったこともあったっけと隅に追いやられていた遠い記憶を思い出した。だけどそんなこと、よく覚えてたなあ。淡白ともとれる感想を素直に伝えるとオサムちゃんは自分が意識しすぎていたのかと気恥ずかしそうに爪楊枝をくわえ直した。可愛らしいと思ったけど、オサムちゃんの年齢を考えていくら付き合いが長いといえ直接言うことではないなと言葉を飲み込んだ。


「とにかく白紙はあかんて」

「んー…、じゃあ書く」

「なんやあったんかい」

「うん、適当じゃないのちゃんと書くよ」


ほんまかいな、と半信半疑ながらもわたしの名前しか書いてないそれを手渡してくれる。その様子にほくそ笑みながらわたしは筆箱からボールペンを出してさらさらと書き、オサムちゃんに返す。わたしが書いたことを見るなり、オサムちゃんは深くため息をついた。


「いい歳したおっさんをからかうためのプリントやないでこれ」

「でも少しは期待したでしょ」

「んなわけあるかい」

「じゃあなんでわたしがまともに覚えてないような言葉覚えてたの?」

「それとこれとは別やろ」

「別じゃないよ」

「…オサムちゃんにはきちんと進学なり就職なり進む手伝いをする義務があんねんて」

「でもわたしの進路はこれ以外嫌だなあ」


いくら実家がお隣さん同士でも、歳は一回り違って、今は先生と生徒で。こうやって密室くらいにならないと気を緩めて話せないのも入学してからずっと続けてきた。周りには問題視されたくなくて仲が良いこともずっと伏せてきた。卒業したらそんなこともきっと気にしなくて良くなるんだし、一度くらい向き合ってくれたっていいじゃないか。少しだけムキになったわたしは強気に言葉を続けることにした。


「わたしはずっとオサムちゃんのことしか見てないよ」

「…」

「からかうための嘘なんかじゃないからね」

「…ユイはまだその歳やから分からんだけやって」

「分かってるよ、何もかも未熟な子どもだって。それでも、なんて言われたって、わたしはオサムちゃんだけを見て生きたい」


だめかな。真っ直ぐに想いをぶつけたわたしにオサムちゃんは少しの間なにも言わなかった。オサムちゃんは優しいから、言葉を慎重に選んでくれているのかもしれない。そう思っても緊張が膨らんでいくことを止めることはできなくて、わたしはどきどきしながらただオサムちゃんを見つめ続ける。


「…とりあえず高校は行き」

「オサムちゃん、」

「卒業したからってすぐ迎えに行けへんことくらいは分かるやろ」

「……!」

「自分がこんなロリコンみたいになると思わんかったわ」


はー、と長めのため息をついたオサムちゃんは真剣な顔で言った。


「途中で嫌んなっても知らんで」

「、」

「ユイが先に言うたんやからな」

「っ、うん!オサムちゃんすき!」

「そういうオサムちゃんの努力無駄になってまうのはやめたって」

「じゃあオサムちゃんの努力が報われるものをあげましょー」

「ん?」

「はい、渡邉せんせ」


進路調査の紙でーす。以前オサムちゃんがわたしのためにと候補に挙げてくれた学校のパンフレットから絞っただけの簡単な理由ではあるけど第3希望まできちんと書かれた真面目な方の進路調査。それを見るなりオサムちゃんは文句を言いたげな顔をして受け取った。まさかこんなハッピーな展開になると思わなかったけど、危ない橋を渡ってみて良かった。そう言うとオサムちゃんはわたしの頭を小突いた。


鹿







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