dream | ナノ
「ユウくーん、カーデ貸してー」
放課後、寒さに耐えかねてテニスコートに行くと対象の彼はわたしを見るなり顔をしかめた。おおっとおかしい、これでもきみの彼女なんですけどねえ。そんなことを思いながら一息ついていたらしいユウくんは身体を動かしているからかよく見ると短パンだ。見ているこっちが寒くなってきてしまう。普段はバレないようにカーデの下にカーデを重ね着して他の子より暖かくしているのに温度差が激しくないだろうか。まあ温度差はともかくダブルカーデしてなかったらわたしもわざわざカーデを借りには来ないから部活中に会いに来る口実としては今後もユウくんはダブルカーデをしていてほしい。
「誰が貸すかアホ」
「いいじゃんダブルカーデなんだから1枚くらい」
「良いわけあるか」
「男子はたくさん重ね着出来るけど女子はそうもいかないんだぞー」
「素足晒しとるくせによう言うわ」
あれ、まるでこの気温が全体的に低いなかで我慢してタイツを履かずにいるわたしが馬鹿だと言いたげだけどわたしだって本来ならタイツを履いてぬくぬくとしているはずなんだから。それが出来ないのは蔑むような目を向けるユウくんにある……のになんだか本人はまったく覚えていないようだ。これはいただけない展開だ。
「誰のためにタイツ履かずに居ると思ってるのかなー」
「…あ?」
「ユウくん自分の発言には責任持ちましょう」
「なんのことかさっぱりやねんけど」
「…」
どうやら本当に忘れているらしいのでわたしは1年生の、付き合う少し前の話をした。あの頃なぜかユウくんと謙也と3人で脚について語り合った…と言って良いかわからないけどとにかく深い話をしたことがあって。その時にユウくんが寒くなるとタイツ履く女子が増えてきて最初はいいけどそのうち見応えもありがたみもなくなるから素足の方が逆にいい、みたいなよく分からない発言をしたのだ。当時すでにユウくんに恋をしていたわたしとしてはわけがわからないと思いながらもやはり想い人の発言となるとスルー出来るわけもなく。それ以来ストッキングを履いたりするとはいえどどれだけ寒くともタイツの着用は我慢に我慢を貫いてきたのだ。そこまで話すとユウくんは信じられないと言わんばかりに眉をひそめた。
「それほんまに俺か」
「きみだ」
「…」
「ほんとだよ」
まあその時に居合わせた謙也も覚えているかどうか聞く前から怪しく思えてしまうくらい特に重要視するような話題ではなかっただろう。ただわたしが言い訳のために彼氏の過去の発言をねじ曲げるほど歪んだ性格ではないのもまた事実だ。それはユウくんも重々分かっていて、1つため息をついたかと思うとすたすたと心なしかいつもより早めの足取りで部室からカーデを1着持ってきてくれた。口ではなかなか素直なことを言ってくれないのに行動になるととても素直になりやすいのがまたときめくんだよなあなんてその姿を目で追いながら惚れ直す。
「学校休まれたら胸くそ悪いから仕方なく貸したるわ」
「うーん、そこ素直に俺のためにタイツ履くの我慢してくれてありがとうみたいなの言ってほしかった」
「うっさい死なすど」
「まあ素直じゃない方が好きだからいいけど」
「…ほんまその口どうにかせえ」
「自分ではとじれないなあ」
「…」
「わたしは言いたいことを、っ」
照れ隠しで出てきたユウくんの悪態にからかってやろうと調子にのって言葉をつらつらと連ねてみたものの、それはユウくんの唇によりあっけなく遮られた。ちゅ、と触れるだけの軽いキスを1つ落としたかと思えばばさっと乱暴にカーデをわたしに押しつける。
「……、…」
「ユイ、暖かくして待っとけ」
「〜〜〜っ!!」
「…風邪引かんようにせえよ」
カーデをぎゅっと握りしめたままあっという間に静かになったわたしの頭を優しい言葉を添えながら乱雑に撫でたユウくんはほなとそのまま戻っていった。顔は赤くなってなかったけど耳はしっかりと赤くなっていて、そんな様子にわたしは全身の熱が上がるのだった。だって、あんなの、ずるいよね。不意打ちの連発は、ときめかない方が無理だ。
薄付きマシュマロウ
「っユウジのあほ!」
「あ、ユイのやつマジで照れとる」
「それより平然といちゃつくのどうにかならんのか」
「なーなー!なんでわい目隠しされとるんー?」