dream | ナノ
冠葉、冠葉冠葉冠葉冠葉。呪文のように、呪いのように、心の中で彼の名前を何度も何度も繰り返す。愛しい彼はまたわたしの知らない女の子を弄んでいるのだろう。そういう人だから。
「ユイ」
不意に耳を掠める愛しい声音。発せられたの確かにわたしの名前なのに、冠葉が呟けばなにか違う響きをもつと錯覚する。そして綻びそうになる。だめ、だめよ。この重い気持ちを少しでも表に出せば冠葉は離れてしまう。だからわたしは友達に呼ばれたときと同じように彼の方を向く。
「冠葉、」
「ひとりか?」
「、うん。たまには気晴らしに散歩しようと思って」
嘘、ほんとは冠葉に会えたら良いのになあってそんなこと考えて家から出たの。でもきっとあなたはなにも知らない。知るわけもない。誰にも吐き出してないこの気持ちを。
「冠葉は?女の子と一緒じゃないの?」
「…、別れてきた」
「、」
その言葉を聞いてほっと一息つきそうになるのを押さえてそうなの?なんて返してみる。分かってるけど。たぶんやたらと愛情こもった弁当とか冠葉が嫌がることをしていると聞いたからそれだろう。なんで?といつもと何も変わらないトーンで聞き返せばほら、重かったとか、めんどくさかったとか、そんな言葉の羅列が吐き出される。
「俺はお前みたいに軽い方がいいんだよ、」
「…そっか」
「重いとつかれるんだよな」
「…、それを知ってるからわたしは例え重い気持ちを持っていたって表に出さないよ」
そう呟いてみたけど冠葉には聞こえなかったようでなんだ?と聞き返された。なんでもない、とわたしは歩き出す。
「あ、そうだ」
「なに?」
「気晴らしに付き合えよ」
「冠葉が奢ってくれるなら良いけど」
「あー…」
「嘘嘘。自分の分は自分で払うから」
「びびるだろ、」
ふふ、と小さく笑う。自分の分は自分で払う。最初からわたしはそう。どっちかが出すなんて遊びで付き合ってるわたしたちがすることじゃないでしょ、とわたしから言い出したこと。わたしが暇潰しで冠葉と付き合ってるって冠葉はそう思ってるから、…違う、突き放されないためにわたしがそうなるようにした。冠葉は本気で誰かと付き合わない。だから冠葉の側に居たいなら彼が飽きない程度にこうして本音を隠して遊びで付き合うしかない。わたしは周りの子の話からそれを学んでいるからこうして冠葉とたまに会って遊ぶ程度の付き合いをし続けてる。それでいい、それで、いのだ。
あなたの物でいたいんです
(そこに愛が無かったとしても)
そしてあなたは、わたしがこの気持ちを見せない限りいつまでもわたしと遊ぶのでしょう。それでいいの。それしか方法がないのだから。