dream | ナノ
※名前変換無し
「ねーちゃん!」
「あ、金太郎くん」
そろそろ来る頃かな、なんて思いながらくるくるたこ焼きをひっくり返していると思い描いていた少年がテニスラケットを背負ってやって来た。こんにちはと軽い挨拶を交わしていつものやり取り。
「はい、いつものたこ焼きだよー」
「おおきにー!」
「今日はひとりなんだ」
「…白石たちも居た方がねーちゃんは嬉しい?」
金太郎くんは部活の先輩たちと一緒に来ることが多い。それでもたまにこうして一人で来ることはあって、今日はその日かなんて思ったことを口にするとぴくりと反応した。そして自分一人では不満なのかという心配にも似たそれを浮かべながらわたしの答えを待つその様が可愛らしくて、口元が緩むのを感じながらそんなことはないと否定した。うっかり可愛いと口にしそうになったのは秘密。
「賑やかなのもいいけど金太郎くんとのんびりしてる方がわたしは好きかな」
「… 」
「なんて言ったら金太郎くんの先輩たちに失礼だね」
「…白石たちは別にええねん」
「?」
「わいも、ねーちゃんとのんびりしとる方がええし」
わたしの言葉に対してなのかそれとも自分の言葉に対してなのか、金太郎くんは照れくさそうにわたしから目線をはずして呟いた。本当に純粋で可愛くて、ついつい甘やかしたくなってしまう。
「金太郎くんたこ焼きもっと食べる?」
「え!ほんまに?!」
「嬉しいこと言ってくれたからサービスしたいなって」
「食べる!食べたい!」
「ふふっ、じゃあちょっと待っててねー」
ぱっちりとしたその目をきらきらと輝かせてわたしがたこ焼きを作る様子を見つめる金太郎くん。なんでこの子はこんなに可愛いんだろう。
「はい、出来立てだよ〜」
「いっただっきまーす!」
手を合わせて出来立てのたこ焼きを頬張る金太郎くん。熱そうにしながらも美味しそうに食べるその様子はたこ焼きを売る身としてもわたし個人としても嬉しいことだ。それに食べ物をこんなに美味しそうに食べるひとは金太郎くん以外に私は知らないしこの先も見ることはない気がする。すると金太郎くんがハッとして手を止めた。
「…なんやいつもより美味い」
「ほんと?」
「…なんでなん?いつものも美味いのに!」
「ふふふ、なんでだろうね」
今出したのはいつもの生地にちょっと手を加えた改良版だからかな、なんて思ったけど少し意地悪だとわかりながら答えをはぐらかしてしまった。うーんうーんと頭を悩ませる様子に微笑ましくなりながら私は静かに見守る。やっぱり常連さんと言えどさすがに生地のことは分からないかな。そうだとしたら金太郎くんはどういう答えに辿り着くのかな。なんだかわたしの方がそわそわと落ち着きがなくなってきてしまう。
「あ!わかった!」
「ん?」
「ねーちゃんがいつもより愛情たっぷりにしてくれたからや!」
「、」
自信満々で言う金太郎くんが導き出した答えにどきっとした。本人はわたしの気持ちなんて知る由もなければそんな予測に至ることもないだろうに。そんな思いも乗せて私は苦笑いを浮かべながら言葉を返した。
「金太郎くんに作るのはいつも愛情たっぷりなんだけどなあ」
「せやかていつもより美味くなっとるやんかぁ」
「ふふふ」
「?どないしてん」
「金太郎くんは純粋だね」
「?」
「わたしには眩しすぎるくらいだよ」
「ねーちゃんもわいにはきらきらして見えるで?」
わたしの素朴な感想にこてんと首をかしげてさも当然かのように言葉を返した金太郎くんにわたしはやはり心臓を掴まれている。ほんのり自分の顔が熱を帯びたのを感じながらわたしは一言お礼を言うのでいっぱいいっぱいになってしまった。まだ社交辞令なんて言えない、素直な金太郎くんの言葉はわたしにとってこれ以上ないパワーワード。だからそのまま、純粋なままでいてほしいと強く願った。ああでも今のままでもこうしてわたしの心をいとも簡単にさらってしまう小悪魔なのだからこのまま育ってしまえばとんでもないことになってしまう。それは困るなあ、わたしは小さくため息をついた。
愛し子
そして後日、わたしは金太郎くんと共に現れたかつての後輩のひとりと言葉を交わす。金太郎くんはわたしが四天宝寺の卒業生で先輩にあたるということを知らない。まあ、金太郎くんのみならず他の接点がなかった子も知らないかもしれない。隠したいわけではないけれどテニス部のマネージャーをやっていたわけでもないから特に公にする事実ではないのかな、と勝手に思ってなにも言わずにずるずるといるのだ。
「ねえ、金太郎くんって小悪魔だよね」
「あれが金ちゃんのええとこでもありますからね」
「それもそっかぁ……ただね白石くん?その顔はやめて?」
「どの顔ですか?」
「金太郎くんからわたしの話いろいろ聞いてるんでしょ」
「お見通しやないですか」
「金太郎くんの性格と白石くんへの態度を見てたらなんとなく分かる」
「ははっ、さすがですね」
「変なこと吹き込まないでよ?」
「人の恋路ジャマしたりしませんて」
「そんな後輩もった覚えないからね」
「せやから応援しとりますよ、俺は」
ある意味いばらの道ですけどね。そう言ってぱくりとたこ焼きに噛みついた白石くんは楽しそうに笑った。委員会が一緒だった白石くんは金太郎くんと知り合うきっかけを作ってくれた子だ。加えてわたしの気持ちに前から気づいていたような様子でありながらこうして話すまでなにも言わずに見守ってくれていた。そんな後輩に応援されているんだからこれは頑張らないとな。おかわりを求めてきた金太郎くんにたこ焼きを作りながら心のなかで気を引き締めた。あ、でもやっぱり、もう少し平穏な金太郎くんとの日々を楽しんでいたい…かも。