dream | ナノ
人目のつかない校舎裏で、しゃがんでひとりため息をついた。インカメにして確認した自分の顔にまだ誤魔化しがきくなと思って浮かべた苦笑いはあまりにも覇気がなかった。つい先日までひそかに片想いをし続けていた相手がいた。仲良くしている友人のグループが違う彼とまともに話したのは一度きり。でもその一度で私は恋に落ちてしまった。挨拶くらいしか交わせない距離のままで何も進展させることはできなくて、それでも口をきくことが出来ることに細やかな幸せを確かに感じていた。恋愛ごとに関して元々奥手な私は1年経ってもまだ毎日挨拶をするというのがいっぱいいっぱいだったけど、それは私の場合という限られたケース。私が一歩進むのより断然早いペースで彼の心を射止めてしまった子がいた。名前と顔しか知らない子。彼のグループに居る子だった。ああ、と自然な流れにただ喪失感を感じるだけ。その時は確かに、思ったより傷は深くないからその程度だったのかなと冷静だった。だから少し胸が痛みながらも彼と挨拶を交わすことは続いていた。でも彼が友人にからかわれていて、彼もやめろと言いながら照れくさそうに笑うのを見て、改めて突きつけられた事実に目頭が熱くなった。そのあと私の想いを知る友達がタイミングよくきて、哀しそうな笑みを浮かべて頭を撫でて、サボっておいでと一言だけ告げた。私はその言葉に甘えて今に至る。滅多に人の来ないここはひとりで声を圧し殺して泣くには良い場所だった。気持ちを落ち着かせて持ってきていた小さいペットボトルのお茶を飲む。そろそろ次の授業が始まる。戻らなきゃ。そう思った矢先だった。
「えっ」
「な、」
驚きに声をあげるとその人もまた目を丸くした。なぜこんなところに。目の前の人もそう思っていそうだなと単純に思った。それにしてもどこかで見たことある人だなとぼんやり思う。同じ学校だからという理由ではなくて、違うなにか。どこでだっけ。
「…及川、見なかったか?」
その言葉を聞いてああそうだこの人は、とその名を思い出しながら見てないですと質問に答える。目の前の人もとい岩泉さんはそうかとため息をついて、この場を去るのかと思いきや私の横に座った。予想外のその行動にどうしていいか分からず私は身動きがとれない。
「お、及川さん探さなくて良いんですか…?」
「あとでシメるからいい」
「そう、ですか…」
「あー…、よくわかんねえけどサボるの付き合ってやる」
「えっ、……え?!」
「あ?サボんじゃねえのか」
きちんと話すのは初めてなはずなのに岩泉さんはそれを気にせず不思議そうに首をかしげる。同じ生徒だからと言って人がよすぎるのではと私が呆気にとられていると岩泉さんがつーか、と言葉を続けた。
「その顔で一人にすんのはさすがに気が引ける」
「、」
「…ひとりで抱えこむより話した方がマシになんじゃねーの」
そこまで言うと岩泉さんはわざと私から顔を背けてよしよしと頭を優しく撫でてくれた。それだけで私の視界はまた滲む。接点のない相手だからということなのかもしれない、でも岩泉さんは3年生で、授業をサボらせてしまうわけにはいかない。私が葛藤している間もその手は休むことなくそれどころか慰めるようにひどく優しくて、理性が決着をつけるより先にぼろぼろと涙が溢れてしまった。そのうち耐えきれなくなって、私は嗚咽混じりにぽつりぽつりと胸のうちを話した。岩泉さんは時折相槌を打ちながら静かに聞いてくれていた。
「…すみません、結局聞いてもらって」
「気にすんなって」
「でも…」
「俺が勝手に聞いただけだ」
「…」
「んな顔すんな」
「!、」
つん、と眉間のあたりを小突かれる。その時の岩泉さんが見せた笑みがあまりにも優しくて、目を奪われる。接点がないから当たり前ではあるけど岩泉さんがこんなに優しい表情をするとは思わなかったのだ。
「?」
「あっ、えっと、岩泉さん、」
「おう」
「ありがとう、ございました…」
私の様子に首をかしげた岩泉さんにハッとして、たどたどしくなりながらもお礼を述べると岩泉さんはまた優しく笑った。
「…大丈夫そうだな」
「っはい、岩泉さんのおかげです」
「また何かあったら聞くからいつでも言えよ」
「えっ」
「嫌なら無理には聞かねえけど」
「でもそんな、」
「…なんか放っておけねえんだよ」
「へ」
「あー、だから何かあったらなにも考えずに俺んとこ来いボゲ」
「ぼ…?!」
「…じゃーな、如月」
思いもよらぬ発言の数々にまともに言葉を返すこともままならなかった私の頭をくしゃっと撫でると、岩泉さんはそのまま行ってしまった。その時に見せた表情はなぜか照れくささがうかがえて、岩泉さんが去ったあとに私はそれを思い出して速まっている心臓のあたりをきゅっと握った。そしてなにもなくても会いに行きたいと、確かに思い始めていた。岩泉さんのおかげでこの世の終わりみたいな顔をしたまま教室に戻ることはなくなったけど、平常心を装って戻るのも難しくなってしまったなとひとり苦笑いを浮かべた。
育みたい
「あれ?私の名前、なんで…?」
私がその理由を知るのはしばらく先の話。