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「ユイ、お前いつになったら練習見に来るの?」


はあ?と目の前の幼馴染みと同じくらいの不機嫌さで返したわたしは可愛さの欠片もないだろう。


「なんで徹に言われなきゃいけないわけ」

「幼馴染みなめないでくれる?」

「だったら行かない理由くらい分かるでしょ」

「だから気つかってこうして来てんでしょ」

「来なくていいんですケド?」

「じゃあ今度の練習試合「行かない」


言い終わる前に断れば徹の顔が更に不機嫌さを増す。いつものにこにこした及川クンはどこ行ったんだか。大体なぜ徹がそれを言いに来るのだ。その旨を言えば岩ちゃんもユイもだんまり決めこんでるからだよ!と怒られた。いらないお節介だ。一も同じ態度をとってるなら徹は詳しい事情を知らないに決まっている。


「大体なにがあったのさ」


ほら見ろ。どうせ一だって言わなかったのだろう、あんなの言ったら徹になんて言われるかって考えただけでも決していい気分ではないだろうし。


「ユイ」

「言わない」

「…ハァ」

「こっちがため息つきたい」

「なに、岩ちゃんが悪いわけ?」

「…知らない」


いや、正直わたしは一が悪いって、思ってる。だって。


「っえ、」

「!ユイ、」

「…失礼シマシタ」


忘れ物を取りに教室に戻ったらまさか幼馴染みが”表裏が激しいビッチ”と悪名高い女の子に抱きつかれていると誰が想像出来るというのだ。その評判の悪さは徹の耳に届いているんだから一だって知らないわけないだろうに。どんなに評判が悪くても女という武器を駆使して自らの魅力を最大限に引き出したああいう可愛い子であれば誰でも鼻の下が伸びるのか、と男という生き物にも一自身にも失望した。どんなやり取りを経てああなったのかは知らない。ただ自分ではない女の子に抱きつかれて頬を赤らめている想い人を見てしまったその衝撃はあまりにも大きく、深い傷を作ったのだ。それ以降は一と話してないし連絡もとってないし、それまでバレー部の練習を見に足しげく体育館へ通っていたのもぱたりと途絶えた。そんなだから徹とも自然と距離を置くようになってしまい、徹に対して悪いと思ってもやはり一に会いたくないという気持ちが強くてどうにもならなかった。そして徹はそんなわたしの心情をきっと分かっているからこうしてひとりで出向いてきてくれたのだろうと思う。


「ユイ」

「いやだ、行かない」

「…」

「てか徹にここまでさせるのおかしいでしょ、なんかあるなら自分で来いって話だし」

「別に俺は岩ちゃんに頼まれて来たわけじゃないよ」

「わかってる。わかってるけど徹が行動する前に自分で行動しないのってどうなの?くそダサいと思うんだけど」


ああ我ながらなにをムキになっているんだろう。そう思ってもどうにもできない自分の方がダサい。思わずため息がこぼれる。


「ユイ、俺は練習試合を見に来いとしか言ってないから」

「…」

「岩ちゃんに会いに来いとは言ってないよ」

「…そうだけど」

「ユイは好きなバレーを見に来る。それだけでいいでしょ」

「そう言って一と仲直りしろっていうんじゃないよね?」

「仲直りしてくれるのが一番だけど、したくないなら別にいいよ。それだけユイにとって嫌なことがあったんだろうし」

「…徹は優しいね」

「別に、俺は優しくないよ」


じゃあね。徹はわたしの心情の変化を感じたらしい、ひらひら手を振って行ってしまった。このまま居たいわけではない。ただわたしから折れるのが嫌なのだ。


「あー…、来ちゃった」


毎日来ている学校なのに、今まででいちばん気が重い。ついこの間まではプレーを見るのが楽しみで楽しみで仕方なかった。それがここまで行きにくくなるなんて。でもそうだ、徹が言う通り今日のわたしはバレーの試合を見に来た。ただそれだけ。それ以上でも以下でもないのだ。そう意を決して体育館へ足を運ぶと黄色い声が聞こえてくる。徹は本当に人気だなあ。


「あ、如月。久し振り」

「おっす花巻」

「岩泉とケンカしたんだって?」

「はい花巻アウトー」

「よっぽどだな」

「今度ラーメン奢ってね」

「”仲直り”、出来たらな」


にやりと笑う花巻。どうやら大まかな事情が知れ渡ってしまっているらしいがそれはそれでどうなのか。一に問い詰めたい気持ちと今すぐ逃げ出したい気持ちとがぶつかったが、やはり大好きなバレーを見たいという気持ちには勝らなかった。泳がせた目線をコートに戻すと一と目があって、なぜか一の方が驚いてふいっと目を逸らされた。あからさまなその態度に苛立ちを覚える。


「くそはじめ」

「あ?!」

「ばーか」

「お前ケンカ売りに来たのか?!」

「周りに迷惑かけてんのくそダサい」

「!、」

「から今日一番点とって挽回しなよばかはじめ」

「お前…あとで覚えてろよ」

「いいからいつもみたいにガンガンいけって言ってんの」

「…」

「わたしは今日大好きなバレーを見に来たんだから」

「わーったよ」


楽しませてやっから。そう言って踵を返した一はなにか迷いが消えたような、そんな顔つきだった。プレーにもそれは出て、自分で言ったことだけど本当に一番点を取っているだろうと思う。力強い一のスパイクがわたしは何よりも好きでぞわぞわする。ジャンプサーブも好きだけどやっぱり一のスパイクが一番華があってカッコいい。まあ一がバレーしてる時はどんな時でもカッコいいんだけど。


「岩ちゃん今日絶好調だね?」

「うっせ」

「あ、ユイー!」


休憩中、楽しげな徹がわたしに向けて手を振る。いいなあと徹のファンの子たちから羨望の眼差しが向けられるがそれももう慣れた。わたしは緩く手を振り返す。


「徹も今日調子いいね」

「でしょー?実は俺も連鎖反応で最近イマイチだったんだよね」

「それはばかだよ」

「クソだな」

「ちょっふたりして酷くない?!恩を仇で返すの酷いよ?!」

「いや、徹に恩はない」

「どの口が言ってんの!!」

「クソ川うるせえ」

「岩ちゃんもだからね?!」


もう気遣ってやんないから!!と拗ねた徹はすたすたと行ってしまった。それに続いて一も行ってしまうのかと思いきやなにか言いたげな雰囲気で、わたしはただ一の言葉を待つ。


「…あれは合意じゃねえってことだけは言っとく」

「…うん」

「あと、帰り待っとけ」

「…どうしよっかなあ」

「あ?!」

「冗談だよ」


待ってる。一緒に帰るのなんて今まででだって何度もあったのに今日はなんとなく待ってるって言うのが恥ずかしくなって、聞こえるか聞こえないかくらいの声で言ったのに一にはちゃんと聞こえたらしい。嬉しそうに笑って一はコートへ戻っていった。


「ユイ」

「、お疲れ」

「おう」


校門で待っていると走ってきたのは一だけ。急いで来てくれたことへの嬉しさと同時に徹がいないことへの戸惑いも生まれる。


「…徹は?」

「置いてきた」

「え」

「あいつ居ると、…話、出来ねえから」

「、」

「っ、行くぞ」


思わぬ言葉に面食らっていると自分で言っておきながら恥ずかしくなったらしい一がわたしの手を握って歩き出した。


それはきっといのだろう


「あれっ岩ちゃんは?!」

「猛ダッシュで帰ってったけど」

「さっき如月と一緒に帰る約束取りつけてたもんな」

「何それ聞いてないんだけど!!?」

「まあ今日は許してやれよ」






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