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「ユイさん、月が綺麗ですね」


3日前の十五夜。バイトの帰りに偶然会ったのは部活の帰りだという中学からの後輩。他愛ない話をしながら一緒に帰路を辿っている途中、そう言われた。そうなのかと思って見上げれば綺麗どころか雲に隠れて月は見えなくて。なにを言っているんだろう、と彼に視線を戻したが一歩前を行くその顔は見えなかった。月なんか見えないよと投げ掛ければ間をあけて少し気落ちしたような声音でそうですねとだけ返ってきてその話題は終わった。


「それって告白じゃないの?」


そして翌日、ざっくりとこんなことがあったんだといつも一緒に居る友人たちにこぼすとそう返ってきてわたしは食べていたパンを落としそうになる。聞けばかの有名な文豪が”I love you.”を”月が綺麗ですね”と訳した逸話があるのだという。そこまで聞いてわたしは彼の名を出さなかった自分に英断をしたと拍手を送りたい気持ちになった。何故ならわたしが言う後輩というのは目の前の彼女たちと同じ部活の後輩なのだ。知られては彼にどんな迷惑をかけるかもわからない。


「で、ユイはなんて返したの」

「え、あー…、フツーに返しちゃって…」


だってまさか告白だとは。そこまで言うとそういうの知らなさそうだもんね〜と雪絵の苦笑いが返ってきた。ごもっともである。わたしはそういうものを素敵だと思う心はあっても興味をもってその世界に浸ることはない。だから知識が乏しいのも自覚している。


「ていうかユイはその後輩のこと、好きなの?」


かおりが尋ねてくる。そういえばこういう話はしたことがなかったから、好きだというくらいは大丈夫だろうか。まさかふたりもこの話だけでその後輩がともに部活に励んでいる赤葦だとはさすがに分からないだろう。それに赤葦自身ともバイトの帰りに会うことはあってもその程度で、目の前の彼女たちにも赤葦が中学からの後輩だとは言っていないしそういうことを聞かれたこともない。


「…うん、好きなんだよね」

「じゃあ次その後輩くんに会ったらこう言ってあげなよ〜」


にたり、と雪絵が楽しげに笑って教えてくれた。


「赤葦」

「…ユイさん、お疲れさまです」


更にその翌々日。赤葦に”月が綺麗ですね”と言われてから3日後の今日、偶然にもまた帰り道に遭遇した。まさかこんなに早くチャンスが来るとは。思いがけない展開に少し鼓動が早まる。対して赤葦は特に変わった様子もなく再びなんでもない話をして盛り上がる。もしかしてあれはかおりが言うような告白の意味を有していなかった気さえしてくるほど赤葦はいつも通り。そう思うと雪絵に教わった返答を言うことへの不安が高まる。と、信号で止まった赤葦がふと空を仰いだように見えて、弾かれたようにわたしは思わず言葉を紡ぐ。


「赤葦」

「?はい」

「ずっと、ずっと月は綺麗だよ」

「え」


目を丸くする赤葦。まさか、と言いたげだ。あの時に雪絵から教わった返答は幾つかあった。でもどれが正解というのはないらしく。なんでこの言い方にしたのかは自分でもわからない。でもいま赤葦に言わなきゃいけないような気がして、この答え方が口をついて出たのだ。どくんどくん、と流れる沈黙のなかで自分の鼓動が早いのがよく分かる。


「…、……」


なにか言おうとしてやめた赤葦は手で口元を覆った。顔は赤くないものの、耳は暗がりでも分かるくらい赤くなっている。きっとわたしの気持ちは伝わったのだろう。ホッと胸を撫で下ろす思いを抱えてわたしは言葉を繋げる。


「わたしもずっと、そう思ってたよ」

「……ユイさん、知ってたんですね」

「ううん、知らなかった」

「あ、やっぱりそうでしたか」

「失礼だね」

「すみません。…でも知らないだろうと思って言いました」

「…なんで?」

「…」

「赤葦?」

「気づかれないまま、諦めたかったので」

「え」

「…どうせ叶わないだろうとずっと思ってましたから」


まあ叶っちゃいましたけど、と付け足す赤葦はわたしを見て柔らかく微笑むからまた鼓動は加速する。ずっと、と言うほど赤葦もわたしを好きでいてくれたことにこの上ない幸せを感じた。


「ユイさん」

「うん?」

「好きです」

「わ、わたしも好きです」

「じゃあ俺と付き合ってくれますか」


改まった告白とともに照れくさそうでもあり嬉しそうでもありながら差し出されたその手を、わたしはお願いしますと返して握った。


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