dream | ナノ
それは梅雨入りして数日後の雨の日のこと。続く雨で満足のいく部活動ができなくて、今日もまた雨のせいでミーティングで終わった。不完全燃焼にもやもやしながら傘をさして足早に学校を去ろうとしたところで、不意に目を奪われた。花壇の前でうずくまる女性の艶やかな黒髪のその先から雨の雫が綺麗に滴り落ち続けるのを。それからすぐにハッとして駆け寄った。周りに自分以外の生徒はほとんど居なくて、居てもみんな彼女には気づいていない。だからこそ、自分が駆け寄ったのだと思う。
「だ、大丈夫ッスか…!」
「え」
ひとが二人入るには些か小さい自分の傘。しかも既に彼女はびしょ濡れ。自分が濡れてまで傘を傾けるのもなんともいえないところではある、けどそうせずに話し掛けるのは気分が引けた。彼女からしたら当然ながら不意討ちだったのだろう、小さく声をあげて振り返ったその目は見開かれていた。
「あ、えっと……」
「…あかや、くん?」
「え?」
「2年生で男子テニス部のレギュラーの、あかやくん?」
「そ、そうッスけど………?」
全く見覚えがないその面持ち、初対面のはずなのに彼女はどうしてか自分を知っているらしい。制服を着ていないせいで同じ学校なのかすら分からずハテナを飛ばす自分に彼女は少し笑う。
「如月ユイって言います、初めまして」
初めまして、と確かに言った。初対面で間違いないらしい。となると疑問になるのは彼女が何故自分を知っているのか。いや、部活の関係で知られている可能性はあるから不思議がるようなことではないのだろうか。
「あ、わたし「あれ、ユイちゃん?」
彼女が何か話し始めたとき、それを遮るかのように不意に後ろから声が聞こえた。確かに彼女を呼ぶ声で、且つ先程まで聞いていた声。
「ぶ、部長…?」
「幸村くん!」
「こんなところでどうしたの、赤也も一緒になって」
「知り合い…なんスか?」
「病院で知り合ったんだ」
「手術友達的な?」
「その言い方はどうなのかな」
あはは、と明るく笑う彼女。ということは彼女もまた身体が丈夫なわけではないのだろうか。そう思うとびしょ濡れな彼女にサッと血の気が引けてきて、思わず彼女に傘を持たせて鞄からタオルを出して乱暴だと分かりながらも髪を拭いた。
「えっ、な、なに、あかやくん、」
「びしょ濡れになってる場合じゃないッスよ!」
わ〜〜〜、とどこか嬉しそうな気持ちを乗せて間抜けな声を出す。部長はそれを見て楽しそうに笑う。この人たち手術でネジ緩んだんじゃないのかと失礼ながら思ってしまったけれど仕方ないだろう。
「そんな割れ物みたいな扱いしなくていいのに」
「手術経験したって自覚あるんスか…?」
「あるよー?」
だからこうやって雨の日もびしょ濡れになれるんだし!と心底嬉しそうに笑う彼女。その無邪気さが可愛らしい、いやそうじゃなくて。
「ところでなんでユイちゃんここに居るの?」
「雨の日にびしょ濡れになってみたかったのと、傘を差し出してくれる王子様探ししてたらこの紫陽花に見とれちゃってた」
ねー、と花壇の紫陽花を撫でながら続ける。健康体な自分にはどうも理解しがたい部分はある。けど当の本人は楽しそうだからいまびしょ濡れであることも幸せなんだろうと思った。
「それで、王子様は見つかったかい?」
至極楽しそうに笑みを浮かべる部長の問いに彼女は飛びきりの笑顔で答えた。
「うん!あかやくん!」
「?!」
「傘どころかタオルで髪まで拭いてくれたし、えへへ」
今日が雨でよかった!なんて少し照れ臭さを交えた顔で笑うから、そのせいでなんだかこっちまで照れてしまった。そう、そのせいだ。少しだけ早い鼓動も、ほんのり熱を帯びた顔も、全部彼女のせいだ。
あのこを好きになった記念日