dream | ナノ



パラレル









どうしたことかと何回ため息を心のなかでついただろう。今日は年に一度、世界の至るところで非日常があらわれる。ハロウィン、というそれにちなんであらゆるところで仮装大会だのなんだのといつもしない格好をみんながする。そして私が住むところでもそれは同じ。見慣れない格好の仮装した人々が道を行き交う。子どもから大人まで、男女問わず。それぞれがそれぞれに違う生き物になる。その違う生き物になった、海賊の姿をした青年たちになぜか私は囚われている。いや、なぜかなんて分かっている。ここらで一番裕福とされているのが私の家系だ。ひとは金銭に関してはとても貪欲でこういう日でもそれは変わらなく、海賊の格好をしているからかその貪欲さは際立つ。でも私の家は、もう私しか残っていなかった。それを知らないこの海賊たちはやや戸惑っているようだった。頭が弱いのか、当初予定していた私を捕らえて脅迫の材料にして大金を手に入れるといういかにもな手段を失ったことで冷静さを欠き、どうするべきかとずっと話し合っている。ここで私に刃物でも突きつけて財産の在処を聞くのが一番手っ取り早いと思うのだけど、結局被害者は私になるからそんなこと思っても言うことはない。そうこうしているうちに日は暮れる。端から見ても私たちは無駄な時間を過ごしたと思う。正直拘束されただけだしさっさと解放してくれれば私としてはこのことはただの悪戯程度に済ませて終わりたいんだけど、目の前の海賊たちはそうはいかないらしい。


「チッ……こうなったらコイツ殺すしか…」


なにに焦りを感じているのか、唐突に一人の海賊が言った。いやいやいやいや。ぶっ飛びすぎだろう。突然の命の危機にさすがに冷や汗をかく。それまでの穏便さなど一瞬にして吹き飛ばされ、他の青年たちもどこか正常さは欠いていたのだろう、それに同意するととれる言葉を次々に口にする。


「そうだ、それでコイツの家に住んじまおうぜ…」

「身寄りも居ねえんだ、どうにでもなるだろ…」


やばい。ここにきて私も死を覚悟しないと、と変な考えを起こした。心配してくれるひとは居ないし私もまた自分が居なくなって迷惑をかけるようなひとは居ないけど。でもこれであの世の両親に会うことが出来るんだ……なんて思ってみたり。


「俺が困るんすけど」


そんな状況のなか、その声はどこからともなく響き渡った。聞き覚えのない声に、私も彼らもただ驚いた。


「コイツ、俺の獲物なんで」


不意に私と彼らの間にスタッ、と綺麗に降りてきたのは本で見るような吸血鬼の格好をした少年。私より少し幼いかもしくは同じくらいに見える。その黒い髪から覗く幾つものピアスがきらりと光った。いやそれよりどこから降りてきたんだろう。天井を破った様子はないし、天窓もない。そんな私の思考を遮ったのは正常さを欠いていた青年たちの悲鳴。


「こ、殺される……!」


顔を真っ青にした彼らのうちのひとりがそう言い、他の仲間たちも一目散に逃げていった。取り残された私はなにがなんだか分からなかった。


「…アンタは、怯えないんやな」


淡々と表情を変えずに少年が言った。


「俺の噂、聞いたことないん?」

「ウワサ?」

「この街には本物の吸血鬼が居って、年に一度ハロウィンの日に現れて、気づかんうちに誰かが吸血鬼に拐われて血を吸われ……っちゅう殆ど作り話の噂や」


そういえば、聞いたことがある。ハロウィンの日に吸血鬼の仮装をするひとが居ないのが不思議で、訊ねたときにそんな話をされた。それは長年この地域に続く話らしく、吸血鬼の仮装はしないのが暗黙のルールになっていて、だから私は吸血鬼の姿は本で見るしかなかった。ということは、この少年はここらの人間ではないかその吸血鬼かということで。けどその言葉から察するに彼は、後者だと言っている。そこまで思い、頭が真っ白になった。顔に出たらしい、彼は嘲笑に通ずる微笑みを見せる。


「実際に俺が吸血鬼やけど、毎年毎年誰かを拐っとるわけやあらへんし。ハロウィン以外でもそこら彷徨いとるし。今日はハロウィンやからこうして吸血鬼としての正装で来ただけやし」

「……」

「せやけどアンタが俺の獲物っちゅうのは事実やで」


何を話せば良いのか分からなかった私は獲物という言い方にさっきまでとは違う身の危険を感じた。


「アンタの血、美味そうな匂いでずっと狙っとったんや」


拘束されたままの私は彼の華奢な指を拒むことも出来ず、その首筋を撫でる仕草に鳥肌をたてる。


「ま、アンタが如月の血を引くっちゅうだけで問答無用なんやけどな」

「え、?」


名乗りもしていない私の身元を当てられ、目を丸くすると私の無知を予想していたかのように彼は話した。


「なんでアンタの家が裕福なのか知らんのやろ。それは遥か昔に通り魔の如く人々を襲った吸血鬼を、自ら囮になって退治したのがアンタのご先祖やからや」

「……」

「如月の血は当時から吸血鬼の間では美味いであろうと噂され、それは人間にも伝わり、そやからアンタの先祖は囮になった。そしてアンタの先祖は誰に言われるまでもなく人を襲わせないために自らの血を吸血鬼に差し出したんや」

「でもそれと裕福なのとは、」

「人間からしたら命の恩人同様やろ。せやから皆が皆、恩返しをし続けていた。それが重なり色々なビジネスも生まれた結果が裕福なことに繋がったんや」

「……そう、なんだ」


正直話が広がりすぎていてついていけないけど、吸血鬼からしたら私の血は美味とされていることと私のご先祖様はすごいことをしたということは分かった。でもだからって問答無用で血を吸われる理由にはならないはずじゃ。


「まあその名残みたいなもんや。俺ら吸血鬼はそれ以来如月家の血には他の美味いものより惹かれるようんなったんや。って言うてもここらの吸血鬼はもう俺だけやけどな」


シュル、と私の拘束をスマートに解いた彼は言葉を続けた。


「せやから、これからアンタのこと独占させてもらうで。血のためにさっきみたいな奴らから守るわけやしアンタにとってもええ話やろ?」


そこに私が拒む理由が見つけられなかった。


「っちゅーわけで」


彼は私の首筋を一舐めする。この暗闇に同化するような彼の黒髪が私の首筋をくすぐった。


「いただきます」


そして次の瞬間、彼はその牙を穿つ。血が吸われるながら私は彼から逃げられないことを察し、そして同時に彼との生活の始まりを感じた。



そういう






×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -