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パラレル









それは数日前のことだった。自宅近くの森に木の実を取りに行ったとき、私は一匹の狼に遭遇した。その子は右の前足を怪我していて、私は見ておけなくて。狼ってあまり良いイメージが少なかったからとても怖かったんだけど怪我のせいか私が出会った狼は全然怖くなくて、むしろ人に慣れているようにも見えるくらいで、だからこそ難なく怪我の手当てもしてあげられた。そのことを誰かに見られた覚えも話した覚えもなく、私とその狼しか知らないはずなのだが。


「この間、狼の手当てしたやろ」

「え」


なぜか、バイト先の先輩が知っていた。


「な、え、な、」

「いらっしゃいませー」

「ちょ、せ、先輩、」

「ケーキ早よ持ってき」

「あ、はい…!」


変なことは言っていないという素振りで先輩はただ仕事をする。ハロウィンにちなんだキャンペーンも今日のハロウィン本番まで。だからか今日は初見さんから常連さんまで、仮装をしたあらゆるお客さんがたくさん訪れいつもののんびりした雰囲気とはかけ離れていた。だからいつものように隙を見て世間話をする余裕はなく、ましてや先輩が知るはずのない狼の話について聞くことも出来ず。ただただ仕事に追われながら、終業時間を待つだけだった。


「お先に失礼しまーす」

「お疲れさまー」


そしてバイト仲間たちはこのあとそれぞれに予定があるらしく、さっさと帰っていく。私は既に友人たちとのハロウィンパーティーは開催済で、今日は特に何かをすることもなかった。だから少しだけゆったりしながら帰る支度をする。マスターに一声かけてお店を出ると、もう帰ったと思っていた謙也先輩が居た。最近勤務時間がずれてて制服姿しか見れてなかったけど、私服の先輩もカッコいいと思う。現にお店には先輩目当ての女の子も居る。


「おつかれ」

「お疲れさま、です」

「帰ろか」

「、そうですね」


そういえば先輩も今日は特に予定を入れてないって他の人と話してた…と少し前の記憶を呼び覚ます。同時に私は狼の話を思い出す。満月の下、いつもより少しばかり明るい夜道を歩きながら、私は悶々といつ切り出そうかと考えていた。先輩もまた何かを考えているのか、いつもはもっと賑やかな帰り道も今日は静かだった。


「ユイちゃん」

「は、はい」

「ん」

「えっ」


不意に先輩が右手を差し出した。言っておくが私は先輩に惹かれているけど決して先輩とはそういう関係ではない。だから手を繋ごうと言う表れでは決してない、残念ながら夢でもない限り決してないのだけどそうなるとどういうことなのか。私にもわけがわからない。すると先輩は驚かんでな、と一言添えてその袖をまくる。


「っ!」


言葉を失った。そこには包帯が巻かれていた。制服の下からも分からなかったし今時期の気温じゃ腕が見える服装もしないから、気がつかなかった。いや、そうじゃない。そうじゃなくて、問題は包帯の留め具。正式には留め具代わりにされていたもの。


「なんで、」


私が狼の手当てをしたとき、仮装のためにと包帯を買ったあとでもあって、そして偶然それを持っていて。だから包帯は巻けたけど留め具はなくて。どうしようと迷ったあげく私は鞄についていた長めのリボンを留め具代わりにしたのだ。裁縫用にと売られているものではないからか裁縫道具を扱っているお店でもあまり見ない特徴のあるデザインで、それは私自身気に入ってるものでもあったからよく覚えている。でも、なぜそれが先輩の腕に。


「ハロウィンやし、まあ、ええかな」


謙也先輩は説明するより早いからと少し困ったように笑う、といきなり頭に耳が生えた。俗に言う獣耳という、やつ、で。


「……こわい?」

「いや、え、あの、……え?」


こわいとかそういう感情的な感想どころじゃなかった。完全に私の思考回路はフリーズした。


「ま、魔法……?」

「…魔法、なんかな。ようわからんけど、夢やないのは確かやで」

「そ、そうですよね、現実ですよね……、???」

「混乱しとるよな、」

「そりゃ、だって、先輩、えっ?先輩何者なんですか?」

「狼男」

「え」

「狼男」

「いや聞こえてますけど、え?狼男?」

「狼にもなれるで」

「お、おおか…………あっ?!」

「え、遅ない?」


正直遅いと思う。フリーズした思考回路を無理矢理働かせた私の中で、ようやく全てが繋がった。つまりあの狼は先輩で、先輩は実は狼男で、だから当事者だからあの出来事も知っていたわけで、いやでもそれを私に打ち明ける理由は、一体…。


「…ユイちゃん、俺のこと好き?」

「は?」

「俺は、……好きやねんけど」

「え?」

「ほんまは、…このこと誰にも言うたらあかんねん。けど、ユイちゃんがどんな子かは俺自身分かっとるし、……」

「あの、謙也先輩、」

「俺、こんなやし、避けられても……最悪この街追い出されてもしゃーないなって分かっとるけど、この間のことお礼言えずじまいも嫌やし、せやけど、こんな道端でこの姿見せれるん、今日くらいしかあらへんなーって思って、……堪忍な」


パニック、の一言だった。これが夢でないことはさっき確認したからこれが現実なのは100%事実で。となると先輩が狼男なのも事実だし、私を好きらしいことも事実だし、どうしよう。いや、嫌なことはなにもない。私も先輩に心惹かれているわけだし、狼男なのは驚いてるけどだからってどうこうするつもりはないし不思議と怖くないし、え、素直に受け入れちゃってこれ大丈夫?新手のどっきりとかじゃない?


「全部、現実やで」

「え」

「いや、その、いまの口に出とったから…」


先輩が照れながら言った。かわい……え?口に出て、……え?


「その、受け入れてくれる、っちゅーことで、ええの?」

「!!!」



降る土曜日



恥ずかしくなった私はダッシュで逃げた、…勿論狼男な先輩から逃げられるわけもなかったけれど。こうして私と先輩の少し奇妙な恋愛関係が幕を開けたのだった。





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