dream | ナノ



パラレル









今日は年に一度のお祭り。わたしの故郷ではこの日はとても、それは言葉で言い表せないほど恐ろしい日だとされてきた。故郷のみんなはこの日を異様なほどに忌み嫌い、何があっても外には出ない。1日静かに過ごしていた。だけどいまのわたしの住む街では、この日は驚くほどみんなが生き生きとしている。どこもかしこもお菓子だらけ。お菓子を持ち歩いていないと悪戯をされてしまう。だから何日か前からいろんなひとがいろんなお菓子を選んでは大量に買う姿が目撃される。わたしも今ではその風習に倣ってお菓子を持ち歩いている。今日、この街はいつもとまったく違う姿になる。この日のために遠路はるばるやって来る人も居る。決して小さくないこの街は一気に賑やかに、そしていつもと全く違う雰囲気に包まれる。


「…こんなとこ、あったかな」


街の風景もいつもと違って、だからこそ見えるものもある。今年に限ったことではないけれど、わたしがこれほど痛感したのは今回が最初で最後だった。そこは見たこともない教会。壁面は石膏がぼろぼろに削れていて、だけどそこを這う植物はとても色鮮やかで、今日を楽しもうとしているかのように色とりどりの花が咲いている。


「わぁ……」


思わず感嘆の声をもらしてしまう。扉だけは、白く塗り直されていて、綺麗で、引き込まれるようにわたしは手を伸ばしていた。


「……失礼しまぁす…」


ギィイ、といかにもな感じの音がなる。わたしの胸はよくわからないけれど、確かに高鳴っていた。その高鳴りを感じながら、人の気配がまったく感じられらないそこへ足を踏み入れる。街からたいして外れてもいないのに、まるでここだけ切り取られているかのような静けさ。


「誰か、居ませんか…?」


まだ日が沈むまで何時間もあるのに、壁面に這う植物がその明るさを妨げて少しだけ薄暗く感じる。ギシ、ギシ。ドクン、ドクン。床の軋みと自分の鼓動だけがやけに耳に残る。その時だった。カタン、とわたしの前方にある祭壇の方から音が聞こえた。不意打ちにびくりと肩を震わせた。だけど姿は見えず、声も聞こえず。ましてやさっきまで気配をなにも感じなかったからか、自分の身体がおののくのが分かる。


「あ、あの、」

「……客人、やな?堪忍なあ」


おそるおそる声をかけると祭壇の陰から神父さんのように見えるひとが現れた。ミルクティーのような髪色に、端正な顔立ち。街のミーハーな女性陣からはこんなひとの話を一度たりとも聞いたことがない。それに、見たことがない。どういうことだろう。このひともまた街の外から来たのだろうか。でも、そんなひとが私に対して客人などと言うのだろうか。


「こ、こちらこそ、ごめんなさい、勝手に、」

「ええよ、人が来るの久し振りやし」

「そう、なんですか?」

「ここ見つけにくい場所やし、不可抗力っちゅうやつやな」


やはり、彼はこの教会のひとのようだ。この街のひと、というだけでわたしの警戒心は少しずつ緩んでいった。彼が蔵ノ介さんだという名前であり、わたしと年が1つくらいしか違わないこと、など少しずつわたしは自分のことを話して、蔵ノ介さんもまた自分のことを話してくれた。そうしているうちに、いや話に夢中になってしまい、わたしは時間も忘れていた。気づけば遠かった街の喧騒から子どもの声は消えお祭り騒ぎをする大人たちの愉快な声だけが残っていた。どうやら夜も更けたらしい。蔵ノ介さんがずいぶん前に点けてくれた蝋燭の灯りのせいか、全然分からなかった。


「もう夜なんですね」

「ん?ああ、そうみたいやな…」

「わたし、そろそろ帰りますね」

「……そか」

「また今度、来ていいですか?わたし、この教会すごく気に入りました」

「ほんまに?」

「はい、実は見たときから素敵だなって思ってて。蔵ノ介さんもとても良い方ですし」

「おおきに、俺もユイちゃんみたいな子に会えてほんまによかったわ」

「、」


ただでさえ綺麗な顔の蔵ノ介さんの笑顔に鼓動が強く脈打った。これをなんと言うのか、さすがにそこまで子どもではない。かといって今日初めて出会ったひとに打ち明けるものでもないと思う。そう思ったわたしは深く頭を下げて踵を返した。


「ユイちゃん」

「はい?」


そんなわたしを呼び止めた蔵ノ介さんの表情を、わたしは忘れることはないだろう。


「見つけてくれて、ほんまにありがとう」

「?こちらこそ、楽しい時間をありがとうございました」

「……また、会おうな」

「はい、またお話ししましょう」


寂しげで、だけど優しい笑みを浮かべ包帯の巻かれたその左手を振る。それはとても儚い笑みだった。


「……え、」


次の日。同じ道を偶然にも通ったわたしは驚きの光景を目の当たりにする。


「くら、のすけ、さん……」


わたしが惹かれ、蔵ノ介さんと過ごしたあの教会は影も形もなかった。


「あれ?ユイちゃん、この教会のこと知ってたの?」


隣にいた同僚が言った。わたしが越してくる前、教会が原因不明の火事にみまわれ全焼。今のわたしと同じくらいの若き神父が左手に大火傷を負い、その火事以降姿を消したという話。一部では神父を魔法使いと恐れていた者の仕業ではないかと囁かれていること。神父の幼少期を知る人間も神父の家族を知る人間も誰もおらず、魔法使い説はほぼ確実とされていること。わたしは驚きを隠せなかった。


「……」


だけど、蔵ノ介さんはまた会おうと言った。同僚の話に出てくる神父が本当に蔵ノ介さんだとしても、蔵ノ介さんが本当は魔法使いだとしても、わたしには関係ない。わたしが教会に、蔵ノ介さんに惹かれていることは、疑う余地などないのだ。だからわたしは、来年もまたここに足を運んでいるような、そんな気がする。









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