断片 | ナノ

遊泳


「また、喧嘩したんか」

「え?」

「手」


ああ、これね。と至極普通に包帯の巻かれたその手を動かす。


「ほどほどにしとけ、ってあれだけ言ったじゃろ」

「いやぁ、女の子が絡まれてたからさ、つい」

「………」

「…大丈夫だよ、わたしは」


そうして眉尻を下げてどこか切なそうに笑う。その理由がなんなのか、なんてとっくに知っている。知っているから、なにも言えなかった。


「わたしのせいで!!わたしのせいで…っ!!!」


何日、何週間と経ったけどあの日のことは鮮明に思い出される。初めて泣くところを見た。初めて、素顔を知った気がする。いつもはなにを考えてるかわからなくて、ただ喧嘩ばかりしている印象しかなかった。だけどあの日は、そんな印象を全部覆すような彼女を見た。


「だからわたしはきっと一生をかけてでも、この行為をやめないと思う」


いつもとは違う、真剣な表情で俺を見据えたその目には確固たる意思があった。そんな彼女に、その行為を止めろだなんて誰が言えるだろうか。だから俺は、それでもほどほどにするように言った。やめないというのなら、せめて頻度を落とすだけでもしてほしかった。


「大丈夫だよ、仁王」


目の前の彼女は再び言う。


「絶対、迷惑をかけるようなことはしないから」


彼女はいつものように笑った。


「そう、か」


彼女が誰かを守るために傷を負うなら、俺は彼女を守るために、またこの拳を振るおうと思った。




2013/03/07



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