落下流水 ガチャン、と大きな音をたててそれは落ちて割れた。 「あ……」 「…っ……」 散らかる破片と土。信じられないようなものを見る目でそこを見る彼女は、みるみるうちに顔を悔しそうに歪ませた。そして脳裏をよぎるのはあの日のこと。 「はい、幸村くん」 「……植木鉢?」 突然ずい、と1つの植木鉢を差し出された。お見舞いに植木鉢って、と思ってよく見るとそこには見慣れた植物が植えられていた。 「お見舞いとしては縁起悪いって聞いたことあるけど、これはお見舞いじゃなくて御守りだから」 だから縁起悪くなんかないよ。にこりと微笑むその顔に安堵とほんの少しだけ、不安を覚えた。 「…御守り」 「うん、ただ病室に居たってつまらないでしょ?でもそこに洗面所があるし、こうしてこの子が幸村くんのところに来たからプチガーデニングが出来て、少しは気分転換も出来るかなあって」 「……それのどこが、御守りなの?」 「あ、えっと、御守りって言うかえっとー、そう!願掛け!してほしいの!」 最初からそう言わない辺り、彼女らしいというかなんというか。相変わらずだ、と思うと自然と小さな笑いが出てきた。 「なんの願掛け?」 「この子すごく綺麗に花を咲かせるって前に先生が言ってたから、本当に綺麗な花を咲かせたら幸村くんは絶対に退院して、またテニスが出来るっていう願掛け!」 「、」 「嫌だったらしなくていいけど、でもわたしもその綺麗に花が咲くところ見たいから大切にしてあげてね」 わかった、とあの時は素直に頷いた。まだ自分の症状なんか知らなくて、だからこそたとえ気休めでしかなくても願掛けしてみようって思ってて。俺自身、この花を大切に、 「……ご、めん」 ふいっ、と目をそらした彼女は見たこともないくらい顔を歪ませていた。じわじわ、とやったばか りの水が広がる。同じように罪悪感が俺の中でじわじわと広がっていく。 「看護師さん、呼んでくるね」 「あ、………」 荷物ごと持って出ていった彼女は、戻ってこなかった。引き止めないといけなかったのだと、分かっていても臆病者な今の俺はその手を掴むことはできず、伸ばした手は空を切った。 「大丈夫?怪我してない?」 そして代わりにきたのは彼女が呼んでくれたであろう看護師たち。俺が無傷だと知って安心するその横で、がちゃがちゃと手荒に片付けられるそれ。数分経てば、もうそこには何もなかったように、元から何もなかったように、彼女が持ってきてくれたそれの面影は消えてしまっていた。 「…俺、もう退院できないのかな」 大切なものが消えてしまったそこを見ているうちに不意に口をついて出た言葉。その声は、自分でも信じられないくらいか細かった。 「……花が咲くの、一緒に見たかったな…」 2013/03/05 |