断片 | ナノ

青い秘密



好きな人が誰かに片想いをしているのかどうかなんて、誰だって気になることだろう。ただそこから起こした行動が様々な連鎖反応を起こすとはほんの少しも思っていなかった。


「わっ、」

「おっと」


それは部活の先輩たちとの帰り道。珍しく人が多い通りで行き交う人とぶつかってしまったあやめさんがよろめいて、隣にいた木葉さんが咄嗟の反応だろう受け止めるように腕を伸ばしたのだ。抱き止めるとまではいかずに腕がふれあうくらいで済んだのとあやめさんが転ばなかったのとで俺は密かに胸を撫で下ろすような思いだったのだが、大丈夫か?ごめんねありがとうと木葉さんと言葉を交わすあやめさんの微かな変化が目についた。


「(…もしかして、あやめさんは木葉さんが好きなのか)」


そう思ったのはあやめさんの態度。いつも通りに笑って見せるもののなにかを隠そうとしているのがうかがえた。こういうときに本当に些細な変化にすら気づいてしまう己の洞察力を恨めしく思う。そしていつも髪で隠れている耳がちらりと見えたとき、確かに赤く染まっていた。その2つさえあればあやめさんの気持ちにそういった仮説をたててしまえるのはなにも俺だけではないはずだ。


「赤葦どうかした〜?」


先輩たちと話しながらもたててしまった仮説を真実とは思いたくなくて、しかしそれを否定する要素が見つからずに葛藤していると白福さんに聞かれる。雀田さんも気になるようでどこかわくわくした表情で迫ってきた。俺はあやめさんと離れていることや他の先輩たちから少しだけ距離があくのを待ってから思いきって聞いてしまった。


「あやめさんって、木葉さんが好きなんですか」

「それはない」


肯定でも否定でもいいと思いきったのだが雀田さんが間髪いれずに即答してくれて、その答えにホッと安堵したが次に出てきた疑問はあやめさんの態度。一体あれはどういうことなのだろうか。するとまだ気にかかることがあることが伝わったのか白福さんは答えられることなら答えるよ〜と先ほどあやめさんに貰っていたお菓子を頬張る。ふたりは同じマネージャーということを抜きにしてもあやめさんとは仲がいい。ならば、と先ほどのあやめさんの様子を話してどういうことかと問い掛けた。


「あー、それは、」

「…答えられることではないんですね」

「まあ、あやめが隠したがってることだからね〜」

「?」

「それは直接あやめに聞いてくれると助かるかな」

「分かりました、ありがとうございます」


ふたりは知っているけどあやめさんの意思を尊重すると答えられないということか。それなら無理に聞くことは出来ないな。と話題を切り替えて先輩たちと他愛ない話をしながらも俺の脳内ではあやめさんの態度のことばかり考えていた。そもそもあやめさんがあんなふうに動揺すること自体が珍しい。あやめさんはいつも周りより落ち着いている。俺と一つしか変わらないのに木兎さんと居るときなんかはいくつも上のお姉さんに見えるくらいだ。もちろん年相応の表情も見せるけど大きく動揺したりするなんてそうそうない。正直あやめさんに弱点という弱点があるのかとも思ったことはあったが。


「(隠したい、ってことはあやめさんにとってコンプレックスにも似たようなものなのか)」


勤勉で愛嬌があって人当たりもよくていつも落ち着いていて。人から誉められる要素しかないような人だと思っていたのが、そうでもないことになんだか安心した。


「赤葦、わたし本屋寄っていくけど行く?」

「、はい」


先ほどのことはなんでもなかったようにいつも通りのあやめさんは振り返ると俺に笑いかけながら聞いてくる。横で木兎さんがやいのやいの騒がしいがあやめさんの木兎も参考書欲しいの?お勧めのいっぱいあるから教えてあげよっか?というバレー馬鹿な木兎さんには魔の言葉ともいえる発言で大人しくなった。こういうときは真面目に勉強していてよかったなと思いながらいつも行く書店の前で先輩方と別れる。バレーボール関連の雑誌を楽しそうに手にとって眺めるあやめさんも負けじとバレー馬鹿な部分がある。白福さんにも雀田さんにも無いくらいのバレー熱がある。度合いで言えば多分木兎さんといい勝負。だからバレーが関わる本は興味があるようで本屋に立ち入るとまずバレー関係の新刊がないか一通り見て目を輝かせる。この時はいつだって年相応であどけなくてたまらない。それを独り占め出来るのを知ってから俺自身は特に用事がなくてもあやめさんから誘われるといつも快諾して一緒に寄り道をしてしまう。


「赤葦、なにか良いことあった?」

「…そう見えますか?」

「いまの赤葦、雰囲気が柔らかいから」

「よく見てますね」

「っ、マネージャーだからね」


へらりと笑うあやめさんだが、ほんの一瞬だけ動揺したのを見逃さなかった。その動揺はなにを表しているのだろうか。不意に先ほどの光景が脳裏をよぎる。今なら俺とあやめさんだけ。深く考えるより先に言葉にしてしまった。


「あやめさん、さっきよろめいたとき木葉さんに受け止められて耳赤くなってましたけど」

「え」

「…木葉さんが好きなんですか」

「それは違う」

「雀田さんもそう言ってましたけど」

「…」

「ただ耳が赤くなってたのは直接聞いてくれと」

「それでいま聞いてきたの…?」

「はい、いまふたりだけだなと思って」

「ごめん誘ったこととても後悔した」

「…すみません。気になってつい」


そこまで言うとあやめさんは腕を組んで俺に話すべきか否か真剣に悩み始める。言いたくないなら言わなくてもいいのに、真面目に考えてくれているのが面白くてその様子を見守る。すると俺たちが居るところの本を取りに来たらしい女性が目に入る。ああ、このままでは邪魔になってしまう。退いた方がいいなと判断した俺はなにも考えずにあやめさんの腕を引いて退きましょうと少し奥にある人通りの少ない専門書ばかりのコーナーへ移動する。


「すみませんいきなり…………あやめさん?」

「…」


さて何が起きたのだろう。強引だったかなと反省して謝りながら一言も発さないあやめさんを見れば耳どころか顔まで赤い。そして呼び掛けてもどこか緊張した面持ちのまま反応しない。おかしなことはなにもなかったはずなのにと今一度振り返ると、ひとつだけにわかには信じがたい推測ができて、


「もしかして、あやめさん男に慣れてない…?」

「!!!」

「…本当ですか」

「あ、…う、」


うん。力なく頷いた。


2016/08/23



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